拷問の果て・・・
おねぇの両膝の上で、抱っこ状態ってどうよ?
いや、正確には、抱っこされた上に、上半身をがっしり羽交い絞めにされている。
くそっ!すさまじい膂力である。動こうにも動けん。
その完璧な逮捕術に舌を巻く。
おれより完璧である。いやいや、まてまて、感心などしている場合じゃない。
おねぇがこれを寝技としてマスターしているのでないかぎり、これだけの技、きっと柔術の心得があるにちがいない。
もちろん、寝技というのは、おなじ畳の上でおこなう柔道ではなく、畳の上に敷かれた布団のなかでのこと。
立っていれば、これを回避する術がある。が、がっつり座っている状態では、その術も役に立たない。しかも、両膝の上に抱っこされているという、とほほの恰好である。
「主計、あなた・・・」
左の耳に、熱されたかのような息とともにささやかれる。熱いというのは、アルコール臭によって感覚的に熱く感じられるのであって、官能小説のごとき「熱い吐息」とは、グレードが違う。
「先生、先生、上半身が痛みます。どうかおやめください」
情けない懇願も、思いだすかぎりではないはず。これなら、屯所の道場で永倉と吉村とにぼこぼこにされたときのほうが、まだ気力も意欲も充実していた。
このまま寝技にもっていかれでもしたら・・・。くどいようだが、柔道の関節技をくらうわけではない。BL系床技のことである。
「いいえ、離しませんよ、主計。まことのことを話してくれるまでは・・・。場合によっては、このままあなたの体にきいてもよいのですよ?ふふふ・・・。それもいいかもしれませんね・・・」
おねぇは、自問自答しだす。そして、妄想までおっぱじめだす。
ぐいぐい羽交い絞めされながら、おねぇが脳裏で思い浮かべていることを、しりたくないし、しらせてほしくない、と切に願う。
まことのこと・・・。
その一言を、口中で復唱する。
新撰組が、おねぇをはじめとする御陵衛士を壊滅させようともくろんでいることや、資金調達を餌に、副長がおねぇをおびき寄せ、暗殺しようとしていることを、気がついたにちがいない。だからこそ、おねぇは、おれからそれをききだそうというのか・・・。
おねぇに後頭部をみせているのをいいことに、真向かいの明り取りの小さな障子に向かって不敵な笑みを浮かべる。
おねぇは、おれを与しやすい相手と踏んだんだろうが、そうは問屋が卸さない。逃げだしたとはいえ、おれは囮捜査官だった。それは、たとえどんなことがおころうと、どんなめにあおうとも、敵にけっして情報を与えてはならないという鉄の掟がある。
そして、それ以上に、おれには矜持と根性がそなわっている。
拷問されようと、たとえそのさきに死がまっていようとも。
おれは、死を怖れない。
傷つけられようと精神を揺さぶられようと、けっして真実を告げることはない。
おねぇに、あんなことやこんなことをされたとしても、おれは、おれは・・・。
やはり、告げてはならぬのてあろうか・・・。
囮捜査官だった精神力は、いまにもポッキリ折れそうで・・・。
「いますぐ話しなさい、主計。これは、お願いではありません。命じているのです」
おれの心の葛藤とはよそに、おねぇの息も気もどんどん昂ぶっていっている気がする。
「土方君は、やったのですか?ええ?土方君は、土方君はやったのですね?」
おねぇは、自分自身の言葉でさらにヒートアップさ、とうとうキレた。
羽交い絞めにされた腕やら脇やらが、悲鳴をあげまくっている。