「救いの神」
「いやー、またせてしもたかのー」
みしらぬ神様が立っている。
「救いの神」、という名の神様である。真っ赤な顔をしたその神様は、鼻の下が伸びに伸びきっている。酔眼で室内をみまわし、それから、ようやくおねぇとおれに焦点があう。
「あ?」
神様は、視線があうと、皺だらけの顔のなかにOの字をつくる。
「なんや?」
必死に状況を把握しようとしているのが、よくわかる。
なので、願いをかなえてくれた神様に、お礼の助け船をだす。
「部屋を、お間違いではないですか?」
「無礼でしょう、謝罪なさい」
おれの言葉にかぶせ、おねぇが咎める。
「すんまへんな。ああ、まちごうとる」
老いた神様は、ぺこぺこと頭を下げつつ障子を閉める。
「どこや?どこの部屋やったか、忘れてしもた・・・」
声と足音が遠ざかってゆく。
心中で、神様に何度も礼を述べる。
「まったく・・・」
おねぇは、ゲームの邪魔をされたことを、おそらくはそうだと思うが、兎に角、憤っている。ぷりぷりしているさまは、楽しみにしていた得意先からのお土産物のスイーツを、同僚に食べられてしまったOLのようである。
「仕方ありませんよ、先生。酔って部屋を間違えただけです」
にやにや笑いを悟られぬよう、畳の上に落ちた雲龍のなれのはてを、懐紙で寄せ集める。
「先生の勝ち、ですね。先生のほうが、おれよりおおくかじっているよう・・・」
できたおれは、年長者にはなをもたせることを忘れやしない。が、せっかくのおれの行為を、おねぇがまたしてもかぶせてくる。
「もう一本あります。このままでは、納得がゆきません」
「いやいや先生っ!こういう菓子は、ゆっくり、すこしずつ味わうものです。あきらかに、先生の勝ちです。それでよいではありませんか。おれの負けです」
慌てて、いっきにまくしたてる。
こんなハードなポッキーゲーム、これ以上は無理だし、二度としたくもない。
おねぇは、両肩をがくりと落とす。それから、溜息とともにつぶやく。
「もうちょっとだったのに・・・。とんだ邪魔をしてくれました・・・」
その言葉の意味は、考えまい・・・。
そして、安堵の溜息を畳の上に落としてしまう。
菓子を片付け、膳をもどし、差し向えで呑みはじめた。いや、正確には、おねぇだけが呑んでいる。おれは、ただひたすらホストの役に徹する。
「先生の思想に感銘を・・・」やら、「先生の剣術の腕は・・・」やら、大小さまざまな太鼓をもちまくり、おねぇの猪口に銚子を傾けつづける。
正直、舌を巻いてしまう。純粋に、すげーっと感心する。
真っ赤な口のなかに流しこむ。そう、まさしく流しこむその量は、尋常でないだけではない。どれだけ流しこんでも、真っ赤な口のなかからでてくるのは、理路整然とした言葉なのである。
大虎、うわばみ、ハードドリンカー、そんなものがかわいくさえ思える。
おねぇは、噂以上の呑兵衛である。