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出会い・・・そして縁・・・

 真夜中、しんと寝静まった屯所の庭に立つ。


「がーっ!」

「ごーっ!」

 いや、訂正する。


 開け放たれた客間で爆睡している永倉と原田の高鼾以外は、静かなものである。


 両膝を折ると、お座りしてみ上げている相棒と視線を合わせる。


「なぁ相棒、おまえ、なにかしってるんじゃないのか?」


 月明かりの下、相棒の真っ黒なに、おれが映しだされている。


 ふと、相棒と出会ったときのことを思いだす。


 おれが囮捜査官として心身ともに傷つき疲れ、あらゆるものに追い詰められ、いよいよもっておわりをむかえようとしていたあの時期ころのことを・・・。


 刑事でかなんて仕事は、TVドラマやハードボイルド小説のように格好のいいものではない。


 それを、餓鬼の時分ころからしっている。

 なぜなら、ずっと親父の背中をみていたから。


 それはけっして華やかでも派手でもなく、地味で汚いものであるということを、親父をとおしてわかっていた。


 囮捜査官などというものも、TVドラマなどではずいぶんと格好よく描かれている。


 身分を隠し、おおがかりな犯罪組織に潜入する。まさしく、悪事を暴き懲らしめる。

 その過程で、囮捜査官が男なら悪い美女と、女なら悪い美男と出会い、恋に落ち苦悩する。

 あるいは、ヤク漬けにされながらも戦う、みたいな。


 囮捜査官として潜入し、あげた成果。


 それらは、おおきいものもあればちいさなものもあった。だが、そのほとんどが、味方・・の関与を露呈したか、あるいは味方・・に揉み消されたか、のどちらかだ。


 つまり、おれのいる側のほうが悪だったわけだ。


 ゲーム風にいえば、悪の親玉ボス影の支配者ラスボスによって、すべてもっていかれてしまう、というわけである。


 これらはなにも、最近おおくなったわけでもはびこりはじめたわけでもない。


 昔からある組織の悪習、といったものである。


 親父は囮捜査官ではなかったが、その悪習によって死んだということを、そのときはじめてしった。


 おれが関わった事件やまから、しってしまった。


 精神こころの箍は、外れた。崩壊したといっていい。


 極道者やくざもんにドスで斬られ、負傷したのもその時期ころである。


 おれの側の影の支配者ラスボスは、すべてを揉み消す第一段階として、「業務に差し支える精神状態である」と、会ったことも、それどころか部屋のまえを通りかかったことすらない警察付きの精神科医に書類を作成させた。


 まぁ当たらずとも遠からずの状態であったことは、正直否めない。


 だから抜けた。


 警察も辞めるつもりだった。流行のひきこもりやニートでもして、しばらくのんびりしてもいいと思った。


 そして実際、休職届を提出した。


 兎に角、警察そこからはなれたかった。


 まずしたことが、親父の墓参りである。


 いや、実際には市内の寺で、永代供養を頼んでいる。

 本来なら、郷里に連れてかえってやるのが、息子としての義務なんだろう。が、親父は五男で、学生のときに関西にでてきていたし、その後もほぼ親戚づきあいがなかった。


 おれといったあの一度だけが、あとにもさきにも帰省した一度だった。


 それならば、人生のほとんどを過ごした京都のほうが気が楽だろう、と勝手に判断した。


 浄土真宗西本願寺派の、こじんまりした寺院だ。


 住職に挨拶した後、親父の墓を参る。


 そこにいたる途中に犬舎があり、シェパード犬がいた。


 雌で、仔を生んだばかりのようだ。まだ目の開かぬ仔らが乳の奪い合いをしているのをみて、つくづく強いなと感心した。


 そこには、たくさんのちいさな墓が並んでいる。すべておなじ規格で、おなじ材質。

 まるで、墓の製造工場のようだ。


 そのなかの一つのまえで膝を折り、掌を合わせて挨拶する。刀袋に包み、持参した親父の「之定」を墓のまえに置き、親父に愚痴った。


 ちょうど桜の時期である。墓地にもたくさんの桜の樹があり、見事な花々がその優雅さを競い合っている。


 桜の花を愛でるなんてこともなかった。


 そよ風にのって、はらはらと花弁が落ちては舞う。


 しばし両を閉じる。


 親父がすぐそこにいて、みてくれているような錯覚を抱く。


「きゅん」


 かぼそい鳴き声のようなものがきこえたような気がしたのは、ずいぶんと経ったころだろうか。


 いや、実際には十五分か二十分くらいか。


「きゅー」


 さらにか細い鳴き声のようなものがきこえる。


 精神的に病んでいるおれは、ついに幻聴まできこえるようになったかと、正直戦慄した。


 そして、おそるおそる瞼を開けた。


 親父の墓のまえに置いた「之定」の上に、それはいた。

 まるで鼠のようなちいさな黒い塊・・・。


 まだも開かず、立つこともできぬちいさなちいさな生命いのち・・・。


 それが、相棒である。


 犬舎にいた仔のなかの一匹にちがいない。

 さほどたいした距離ではない。が、それはあくまでちゃんとあるけるものにとっては、の意味である。


 フツーは驚くだろう。不思議だろう。


 だが、そうとはとらなかった。


 なにゆえか、それをえにしだと思った。


 親父への挨拶もそこそこに、そのちいさな生命いのちと「之定」を抱え、住職に会った。


 幾らでも払うので譲ってほしい、と頼みこむ。


 ことのなりゆきをきいた住職は、まるで仏様のような笑みを浮かべた。


 そして、「これも仏のお導き。いえ、輪廻転生かもしれません。生命いのちの売り買いはいたしません。どうか連れかえって、大事に育ててやって下さい」、と仏の懐をみせてくれた。


 何度も礼をいい、そこをあとにした。


 ジャケットの懐にちいさな生命いのちを、小脇に親父の生命いのちを携えて・・・。




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