「雲龍」と龍の味
「「雲龍」、という銘菓です。丹波産の小豆で炊き上げた小倉餡を、村雨餡で巻いたものです。ほら、ご覧なさい」
おねぇのきれいな指先が菓子箱に伸び、懐紙に包まれた一竿に触れる。それを指先でやさしく撫でるさまは、どうしても扇情的に感じられる。
顔を左右に振り、脳内にあらわれたBL系妄想を追い払う。
そうこうしているうちに、おねぇはそれを、箱より取りだした。菓子箱の蓋を台がわりにそれを置くと、雲龍とやらに巻かれた懐紙を、ゆっくり、じつにゆっくりと、しかも、必要以上にやさしく丁寧にひらいてゆく。
これならば、喰ったことあったであろうか。正直、スイーツ系に造詣の深くないおれは、この手の菓子は、おなじとまではいかなくても、大差ない。つまり、見分けがつかないし、ましてや名前などわかるはずもない。
なぜ、なんとなく覚えているかというと、その形がかわっているからである。切り分けた形は、羊や豚の蹄のようで、のの字が浮かび上がっているようにみえる。もっとも、味は覚えていない。おそらく、さっぱりとした甘さ、しっとりとした感触といった、よくある表現をするような類なのであろう。
なるほど、雲龍というのか・・・。
「京に上洛し、この雲龍に出会いました。それはもう、この世の至高、と思えるほどの衝撃を受けたものです。すっかり魅了されました。詠みましたよ」
「はぁ・・・」
当たり障りのない反応で、合いの手をうつ。
「ほら、こうしてみると、まるで雲の上にいる龍のようでしょう?ふふふっ」
顔を上げ、思わずおねぇの顔をガン見してしまう。
龍・・・。強調された龍という名詞、それにつづく含み笑い・・・。
「ごめんなさい。これをみると、どうしても友人を思いだすもので・・・」
ひらけたときに、指先に餡がついたのであう。おねぇは、真っ赤な唇に指先をちかづけ、それを口に含む。
いや、ふつー、そこは豪快にぺろりと舌でなめるだろう?
そんなどうでもいいことを、心中で突っ込んでしまう。
「友人?この形に似た?」
そんなわけナイナイと、心中でつっこみながら、尋ねる。
「主計、きみは面白い人ですね」
おねぇは、くすくすと笑う。
その笑いが少女のような、といわせたいのなら、いくらでもいってやる。
おねぇはもう一度指先を口にちかづけると、それを軽くかじる。それから、その指先を、おれの唇のまんまえに突きだしてきた。
おねぇは、『人を指さしてはいけません』という最低限の作法を、教えられなかったにちがいない。
「甘くておいしいですよ、主計。かじってごらんなさい」
これが相棒だったらこの人差し指一本、確実に喰いちぎることができるであろう。いや、おれでも心頭滅却すれば、できないことはないかも・・・。
「先生。それで、いったいだれのことなのです?」
指先ごしに、おねぇをみつめる。
距離は、懐のうち。脇差でないとやれない・・・。
武器の類は、店先ですべて預けている。それが、この花街のしきたりである。
「名が、おなじなのです。というよりか、一文字がおなじ、ということです。ですが、形といい味といいよく似ていますよ。ふふふっ・・・」
「あ、あじー?マジで?」
驚きのあまり、そう叫んでしまった。
おねぇのいうところの友人とは、坂本龍馬にちがいない。
あ、味って・・・。
いったい、どういう意味なんだ?