「きみの名は・・・」
山崎たちといれかわりに、「角屋」のお女中さんたちが入ってきて、膳を置いていった。しかも、差し向かいに。まぁ、当然のことだが・・・。
「伊東先生、たのまれてました物、手に入りましたえ」
お女中さんたちといれかわりに、つぎは「角屋」の女将が入ってきた。手に菓子折りのようなものをもっている。
一瞬、小判が敷き詰められている菓子折りかと妄想してしまう。もちろん、そんなわけはない。だいいち、菓子折りっぽくみえるだけで、実際はちがうかもしれない。
「ああ、うれしい・・・」
男好きのする相貌をぱっと明るくさせる。しかも、胸元で両方の掌を軽く打ち合わせるという、喜びをあらわすアクションまで添えて。
さすがはおねぇ、やることなすこと女子高生チックである。いや、きょうびの女子高生は、ちょっとしたことで感情をあらわにすることはない。意外とクールである。
「「岡屋」はんとこのどす、先生。これはそうめったに手に入る物やありゃしまへんえ」
「女将、心から礼を申します。京に上ってきてよかった、とつくづく思いますよ」
おねぇに菓子折りのようなものを手渡すと、女将はとっととさがってしまった。
これもまた、当然といえる。
とうとう、とうとう二人きりである。もうこれ以上、この部屋にだれもなにも用事はないであろう。しかも、酒もかなりの数のお銚子が準備されている。通常は、なくなりそうになったら、手を叩いて追加をたのむはず。居酒屋みたいに、「にいちゃん、ビール」とか、「おねぇさん、チューハイ」とかではない。あるいは、コンピューター管理されていて、テーブルに設置されたスイッチを押すのでも。
出入りがないよう、おねぇがあらかじめ、ある程度の酒や料理を用意しておくよう、手配したのであろうか。
二人きりで過ごす気満々じゃないか・・・。
このときになってはじめて、副長のアドバイスがドンピシャであることを痛感する。
「主計・・・」
おねぇが呼んでいた。しかも、相馬君、ではなく、名で。
付き合いはじめたばかりのかのじょを、姓で呼ぶより名で呼んだほうが、はるかに親近感がわくだろうという微妙な思いちがいをする、恋愛初心者のごとき試み。
副長に呼ばれても違和感はない。が、おねぇに呼ばれて、ここまで違和感、いや、不快になるのはなぜか・・・。自分でも説明できそうにない。
「きみのために、めずらしい菓子を手に入れたのです」
なんと、ほんとうに菓子なんだ。
曖昧な笑みとともにうなづく。
菓子でつれるとでも?おれは、その程度だと?
さらに不快感を募らせながら、囮捜査官としての感覚に入ることにする。
つまり、無心、そして、演技・・・。
おねぇは膳を脇へよけ、こちらにみえるよう膝前にそれを置く。そして、きれいな指先で菓子折りの紐をとくと、たっぷりと時間をかけながら蓋を開ける。
どんなすげぇ菓子が入っているのかと、まえのめりになってのぞきこむ。
そこには、かわった形の竿菓子が二竿、きっちりとおさまっている。