「十三日は金曜日?」
屯所をでるまえに、副長の部屋で最終確認の打ち合わせをおこなった。
副長、山崎、井上、そして、おれ・・・。
よほど気になるのであろう。永倉と原田は、それぞれの家に帰宅をせず、副長の部屋のまえの廊下をこれみよがしにいったりきたりしている。
副長は、最初は眉間に皺をよせていたが、二人の藤堂を想う気持ちにほだされたのであろう。同席することを許した。
障子を閉めきっているのは、火鉢のほのかなぬくもりを外へのがさないためである。
急遽、相棒は屯所の物置で夜を明かすことになった。ちかいうちに、元大工であった隊士が、小屋を建ててくれるという。その親切な隊士が、「兼定の寝所を建ててやろう」といってくれたのである。
愉しみである。これで、相棒も夜露をしのげる。
「密会場所は、近藤さんの妾宅だ。おねぇは、このまえのくそったれの文で、金を無心してきている。御陵衛士の活動資金だそうだ」
文机の向こうで、副長は鼻を一つ鳴らす。
くそったれの文・・・。
それは、会ったことのないはずのおれへの想いを詠んだ、おねぇの句作入りの文のことである。
句は、よほどイケていたのであろう。もはや、副長のなかでは胡散臭い活動資金についてというよりかは、句作のほうが重要な位置を占めているのかも。
「謹んで資金を調達します。そう伝えろ、主計」
「えっ、くれてやるのか、土方さん?」
永倉は、そういってからはっとしたらしい。
「そうか・・・。香典代わり、ってわけだな?」
そう呟いてから、ごつい肩をすくめる。
「主計、うまくいいくるめ、当日はできるだけ護衛をすくなくさせろ。やつ自身も腕はたつが、呑んで呑んで呑みまくらせる」
「そんなに酒に強いのですか?」
そう尋ねる。
おねぇがそこそこいけるくちだということを、坂井からきいている。webでも、そのような記載をみたような記憶がある。が、飲酒については、おなじように暗殺された芹澤鴨のほうが有名すぎるので、おねぇについては気にもとめなかった。
が、今夜はそうもいってはいられない。なにせ、酒の席なのである。
「主計、やつはうわばみだ。正月の三日間、島原で酒漬けになっても平然としていやがった」
「またその話かよ、土方さん?」
永倉が、心底うんざりしている表情になる。
そう、例の永倉、斎藤の勧誘の話である。
「新八、おれは一生いうぜ?」
副長は、いたずらっぽく笑う。
「まぁそれは兎も角、新八、やつも呑んでたんだろう?ふり、ではなく?」
「ああ、あれは、正直参った。おれも弱くはねぇが、あれはふりなどではなく、ちゃんと呑んでた。あれは、芹澤さんより強いにちがいない」
「ということだ、主計。おめぇも任務がら、ふりがうめぇようだがな。まぁわが身がかわいけりゃ、兎に角、がんばれ・・・」
「酔い潰されでもしてみろ、主計、口唇どころの騒ぎじゃなく、明日は足腰立たなくなるぞ」
「おなじ屋根の下におっても、わたしたちはおねぇの取り巻きどもを相手にしなきゃならないからね」
副長、山崎、井上の心からの励ましも、感銘を与えることはない。
「主計、どうしてものときは、気を失ったままでいろ。構えたり力んだりするほうが、かえって苦痛だ・・・」
「・・・」
一歩遅れて送られた、原田のアドバイス・・・。
全員が瞼も口も閉じることを忘れ、その原田をみつめる。
副長の咳払い。気を取り直し、文机を指先でとんとんと叩いてから口を開く。
「十三日だ、主計。日取りは、そう伝えろ」
その瞬間、「えっ、十三日?」と叫んでしまう。
十三が忌み数、だからではない。あるいは、アイスホッケーのマスクをかぶり、チェーンソーを振り回す殺人鬼がでてくる映画のタイトルにまつわるからでもない。
周囲の不審げな表情・・・。
脳裏で、そのあたりの出来事の推移がきちんと整理されてゆく。
十二月十三日、1867年のその日、おねぇは油小路で暗殺される。
その日は、坂本龍馬と中岡慎太郎が襲われ、死んだ日の三日後である。