談判と蚤とイケメンと
「だったら土方さん、護衛役におれを加えてくれよ、なぁ、たのむって」
「土方さん、むこうも幾人も連れてきやがるんだろう?なら、こっちもそれなりに頭数揃えたところで、おかしくねぇだろう、ええ?」
「しつこいぞ、新八、左之、どきやがれっ!」
押し問答は、副長の部屋の前まえの廊下で、すでに三十分はつづいている。
黒谷にいって戻ってきたら、永倉と原田が部屋のまえでまっていた。部屋に入ろうとする副長を、通せんぼする。
二人は、副長が「イエス」、もとい、「わかった」というまで、副長を部屋に入れない勢いである。
そして、おれはその三者の、厳密には二対一の攻防戦に巻き込まれる形で、廊下にたたずみ、辛抱強く眺めている。
相棒も、庭からじっとみつめている。それから、おもむろに、うしろ脚で自分の頭、ついで頸を、ばりばりと盛大に掻く。
そうだ、幕末にきてから、一度もシャンプーをしていない。新撰組には、犬こそいないが、野良猫がわんさといる。ていうか、新撰組には、動物好きがおおすぎる。猫が一匹通りかかっただけで、それをみかけただれかが、厨からこっそり煮干やら鰹節やらを盗んできては与えるのである。
この界隈に、口コミでそれが拡散されているに決まっている。くるわくるわ・・・。頸に鈴をぶら下げた、あきらかに飼い猫っぽい猫まで訪れる。猫だけではない。新撰組には、もともと鶏やら豚までいる。
ああ、家畜は、以前、新撰組の健康診断をし、屯所の様子をみた松本良順が、家畜を飼うことを推奨したのである。
松本は、蘭方医である。亡くなった将軍徳川家茂の侍医を務めたほどの名医。
そして、新撰組にたいして好意的な、数すくない人物の一人でもある。
帝国陸軍の軍医の初代総監も務める。ガチ江戸っ子らしい。すくなくとも、おおくの小説や漫画で、そのように描かれている。
それは兎も角、そういうおおくの動物たちの影響で、蚤がいるにちがいない。
くそっ!これが夏なら、井戸の水をぶっかけ、洗えたのに・・・。
すでに寒いいま、そんなことをすれば、マジで噛み殺される、かもしれない。お水大好きのレトリーバーたちとはちがい、シェパードはそんなに好きではない。
相棒は、シャンプーっぽい空気をよんだ瞬間、いっきに不機嫌になる。
どうしよう・・・。風呂の残り湯をいただくか・・・。それをいえば、ブラッシングさえしていない。
すべては、このおれの怠慢である。
櫛なら、掌に入るだろうか?時代劇で女性が使うような、木の櫛が。いや、もといたところこそ、男性もおしゃれに余念がなく、出勤や通学のまえの身だしなみに、ブラシやらムースやらで頭髪をセットしたり、抜け毛対策に時間を費やすでろう。
が、幕末はどうだろうか・・・。
もちろん、月代については、きっちり結うだろうが、それも何日かに一度だろう。そして、新撰組は、月代より総髪がおおい。鏡のまえで髪に櫛を入れている姿など、新撰組で一度もみたことがないし、想像すらできない。それ以前に、そもそも、鏡をみたことが・・・。
いや、あった。新撰組で、もしかすると一つかもしれない鏡・・・。
それは、副長の部屋にある。
土方歳三・・・。このすけこましは、おしゃれにも余念がないにちがいない。さすがである。
もっとも尊敬する男は、日々、その鏡のまえで自分のハンサムな顔に見惚れているのであろうか?
櫛のことから、ずいぶんとずれてしまった。櫛なら、おまささんの実家に頼めば用意してくれるかも。
いや、それもだめ。廃材でつくられたもので充分なのに、檜の櫛を隊士全員に配れるほどの量が届けられるかも。
「ばかいってんじゃねぇっ!すこしは、その頭を働かせやがれ」
その怒鳴り声で、意識が廊下に戻ってきた。
「おめぇらをいかせるのはかまわねぇ。が、平助のことも考えやがれ。おめぇらがいったら、それこそ、だろうが、ええっ?連中は、おめぇら三人がつるんで馬鹿ばっかやってたことを、よーっくしってやがるんだ」
その言葉に、永倉も原田もはっとしたようである。
副長は、二人がかたまった隙に、すばやく自室に入った。
そう、永倉と原田は、伊東と打ち合わせをするおれの護衛役としてついていくことを、副長に談判していたのである。