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深更の酒盛り

「もう寝ているのか?おっと、まだ起きていたようだな」


 廊下に永倉新八と原田左之助があらわれたとき、縁側で相棒に話しかけているところであった。


 厳密にいえば、これまでのことを整理するために独りごちているのを、庭でお座りして相棒がきいていた。


「いい酒が手に入ったのでな。酒、いけるか?」


 永倉は、右掌には酒が入っているであろう一升瓶を、左掌には湯飲み茶碗を、それぞれもっている。


 それらを、おれにかかげてみせる。


 呑めないわけではない。呑まないようにしている。とはいえ、自分で強いのか弱いのか、さっぱりわからない。なぜなら、限界まで呑んだことがないからである。


 試すつもりもない。酒が好きでないからであろう。


 それをいうなら、煙草も吸わない。食に頓着しないし、着るものも然り。

 住まいは、一応は1Kを借りてはいるが、月の三分の二以上は訓練所の休憩室のソファーか、犬舎で眠る。


 こんなおれを、周囲は異常に思うようだ。

 なにを愉しみに生きているのか?、とさえきかれることがある。


 人それぞれではないか?


 もちろん、剣術の修行の為に一切を断っているわけではない。昔の剣豪ではあるまいし、剣一筋というには、おれは強欲すぎる。


 もっとも、いまのところ、おれのなかでは二大けん・・が占めていることは否めない。


 けんけん、という二種類のけん・・である。


「じつは、酒は付き合い程度しか呑めないのです」

 正直に答える。なぜか、ごまかす気にはなれない。


「では、おれたちが呑んでるのを眺めてりゃいい」

 原田は、そういって快活に笑う。


 両掌に平皿をもっていて、どちらにも酒の肴らしきものがのっている。


 すでに酒が入っているのか、月明りの下、相貌かおがわずかに赤くなっているのがわかる。


 そして、永倉のほうは蒼白い。永倉のほうが強いことがわかる。


「左之っ、せっかく客人をもてなそうと酒を調達してきたんだ。それをなんだ?さきほどから、おまえばかりが呑んでいるであろう?」


 そういう永倉自身も、自分で調達してきたものですでにご機嫌である。


 おれに構わず、二人は縁側にどさりと腰をおろす。

 永倉が手際よく、それぞれのまえに湯呑み茶碗を置くと、酒瓶を傾け注いでゆく。


「空をみてみろ」

 永倉は、太い指を夜空へと向ける。


 その掌は、半端なく分厚い。


 永倉が神道無念流の皆伝で、新撰組では沖田総司と双璧をなす剣の腕前であること、「がむしゃらな新八」、というところから「がむしん」と呼ばれているということを、あらためて思いだす。


 いや、たしか御陵衛士の生き残りが、この永倉のほうが剣をよく遣ったと語っていたはずだ。


「ありがたくいただきます」


 注がれた湯呑み茶碗に掌をのばす。


 付き合い程度は呑む。社会人として、非常識にならない程度は呑んでいた。


 それ以上、というのがないだけだ。


「そうこなくてはな。男はやはり、酒あっての付き合いだ。酒を呑めんやつに腹はみせられんし、なにより、生命いのちをあずけたりあずけられたりしたくねぇ」


 原田は、男前の顔に笑みを浮かべる。


「でかい声で物騒なことをいうんじゃねぇよ、左之っ!」

 永倉は、不意に声量を落とす。


新撰組うちは、局長も副長も酒を呑まねぇってのに、嫌味みじぇねぇか」

「だってよ・・・」

 原田が不貞腐れる。


 そのとき、空気をかえるいい材料ねたを、皿の上にみつけた。


「沢庵ですね?いただいていいですか?」


 原田が自分で切ったものであろうか?一つの皿に、一口大に切られた沢庵が整然と並んでいる。


 すでに相棒は、その存在に気がついている。

 ちらりとみると、相棒の黒くちいさな双眸が、期待できらきらと輝いている。


「これ、相棒の大好物なんです」

「ええっ?犬が?まるで土方さんだな」

 原田が叫び、永倉とともに相棒をみる。


「そういえば、どことなく土方さんに似ているな・・・」

「あぁそうだ・・・。どっかでみたことがあると思ったら、そうだ、土方さんだ。眉間に寄せた皺なんぞ、そのまんまだ」


 永倉と原田の囁きをききながら、二人に共感してしまう。


 沢庵好きから土方の愛刀の名で呼んでいるが、本人に会ってみると、たしかに似ている。


 そう思うと、可笑しくなる。


 永倉と原田も可笑しくなったのであろう。


 だれからともなく笑いだす。


 三人ともつぼに入ってしまったのか、いつまでも縁側で笑い転げた。


 沢庵をまえにし、おあずけをくらった相棒。


 庭で我慢強くお座りし、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。


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