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丹波産の超高級品

 これが学校の生活指導の先生であったら、「廊下を走るなーっ!」と、青筋立てて怒鳴り散らしたにちがいない。それほど、ばたばたわいわいと駆けていた。


 それがいまや、しんと静まりかえっている。のまえで、全員が凍りついている。


 先頭にいる二人と、視線が絡みあう。片方は、おれとほぼおなじ高さで、もう片方ははるかに上方。視線の位置が、である。そう、視線の位置が・・・。


他人よそ様のお宅の廊下をはしる・・・」


 すでに、口を開いている。そして、視線があったことでやっと、口を閉じることができた。ていうか、不発におわってしまった。


「すまぬ・・・。つい・・・」

「あー、不作法だったな・・・」


 永倉と原田である。二人は、子どもら呼びにいってくれたのだ。

 気まずい空気が漂う・・・。


「先生が怒られた!」


 その二人のうしろで、大人の世界をしらぬ子どもらがはやしたてる。


「うししし・・・」


 そのとき、子どもらのからかいにまじり、そんな笑い声がきこえてきたような気がした。

 はっと庭のほうをみると、お座りしている相棒がこちらをみている。唇がわずかに上がり、犬歯がみえる。


 たしかに、たしかに「うししし」ときこえた。おれの幻聴か、あるいは、天からおりてき笑い声か?


「ケOケンかっ?」

 相棒に突っ込む。


 1970年代に、日本で放映されたアメリカのアニメが好きだ。「ケOケン」は、そんなアニメの一つにでてくる黄色い犬で、いつも「うししし」と笑うのである。


「なんだって?」


 永倉と原田の驚いた表情かお。おれと相棒を、交互にみつめる。


「さあ、冷めますよ。どうぞ」


 広間から、松吉の祖母、それから、母親が呼ぶ。


 わお、いい匂いが・・・。


「うおー」


 膳に並んだその献立をみた瞬間、興奮してしまう。われを忘れてしまう、とはこのことであろう。

 行儀よく二列差し向かいで並べられた膳。みな、座しているなか、おれだけが立ったままそれをみつめる。


「こ、これは・・・」


 眩暈がする。じっさい、ふらついた。


 膳の上のものが、輝いている。後光が射すというのは、まさしくこのことにちがいない。


「まさか、まさか国産、ではないですよね?やっぱそうですよね?こんなに大量に・・・。いや、たとえ国産でなくたって、中国や韓国、いや、メキシコや北欧であってもこんなに大量に・・・」


 一人興奮して叫んでしまう。


 松吉の祖母は、みなに茶を配りながら微笑む。


「国産?相馬様のお国をぞんじませぬので・・・。丹波のものでございます。わたくしの里は山なもので・・・。毎年、こうして送ってきてくれるのですよ・・・」


 松吉の祖母は、そう控えめに答える。


「国産っ!しかも丹波産ーっ?超最高級じゃないですか?こんなの、食べたことないですし、これだけのもを料亭で食べたら、片掌では足りない金額とられますよっ」

「落ち着け、主計っ。ここでは、たまーに食えるんだよ」


 さすがは永倉。おれの異常な興奮が、もといた場所に関連していることに気が付いたのだ。たしなめられ、われに返ることができた。


 松吉の祖母だけではない。みな、ひいていた。


「ああ、申し訳ありません」


 指先でこめかみをかきながら、座す。たまらなくいい匂いを嗅ぎながら、いい訳する。


 おれの故郷では滅多に採れないものなので、手に入れることも食べることも難しいのだ、と。


「丹波産松茸」・・・。


 ついぞ食べたことがない。囮捜査の過程で訪れた高級料亭でだされたものも、どこもそうとは謳っていなかった。

 松茸ご飯、土瓶蒸し、焼き松茸、お浸し・・・。料理法は、いまも未来もおなじようだ。だが、その占有率は、あきらかにちがう。


 もちろん、それだけではない。京野菜の煮物に、錦市場で入手したというごま鯖、といった地のものや季節のものをふんだんに使った料理も並んでいる。しかも、どれもうまい。それは、けっして食材によるものではない。

 どれもこれも、愛情たっぷりである。


 愛情というスパイスが、よりいっそうこの松茸づくし懐石をきわだたせている・・・。


 新撰組うちのメンバーは、意外にも静かに食した。ただ静かに、もくもくと、超絶大量に平らげた。


 松茸ご飯など、「おかわり」「お願いします」「わたしも」と、ひっきりなしに、果てしなくつづいたが、松吉の祖母も母親も、そのリクエストにこたえつづけた。


 いったい、どれだけの松茸ご飯をこさえてくれていたのか・・・。


 この松茸づくしの懐石料理、現代の高級料亭だったら、すさまじい金額になる。


 おれが堪能している間に、松吉の父親が相棒にぶっかけ飯に沢庵を添えたものをやってくれた。

 沢庵は、松吉の母親と祖母が漬けたものであることはいうまでもない。


 さらに、お土産までいただいた。松茸ご飯のおむすび、そして、沢庵。

 副長も沢庵好きということをしった松吉の母親は、風呂敷包みにし、もたせてくれた。


 またいつでもお越しください・・・。


 松吉一家のそのあたたかい言葉に見送られ、そこを辞した。


 一抱えある胸元の風呂敷包みのにおいを、なるべく嗅がないようにがんばった。

 だって、丹波産松茸の匂いだけは、死ぬまで忘れたくないではないか。


 沢庵やげろのにおいは嗅ぐチャンスはあっても、それはもう二度とないかもしれないのだから・・・。




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