「飯だ、飯!」
中村家の大広間は、三十畳くらいはあるだろうか。
同心って給料、いや、給金がいいのか?
生まれた時期が違ったことが、つくづく残念に思う。
「ああ、この屋敷は、もともと柳生家のものです。つまり、借家というわけです」
おれの考えていることが、わかるのか?
それとも、表情にでていたのか、松吉の父親が、笑いながらいう。
苦笑で、ごまかしておく。
「たいしたものはございませんが」
すでに昼餉の支度が整っている。
松吉の祖母が、笑顔とともに迎えてくれた。
が、どうしても、中村主人の義母にしかみえない。
「婿殿っ!」っていってもらえませんか?
リクエストしそうになるが、そこは常識ある一社会人。ぐっと我慢する。
「飯だ、飯、飯」
叫び声と同時に、どたどたと廊下を駆けてくる音・・・。
子どもたちだ。
まったくもう、それでなくとも「壬生浪」などと呼ばれ、がさつで乱暴者の集団と思われているのに、子どもらの教育もなっていない、とレッテルをはられてしまうじゃないか・・・。
溜息をついてしまう。
駆ける音は、おれが入ってきた襖の向こうではなく、その反対側の障子の向こうからきこえてくる。
障子にちかづくと、それを開ける。
もちろん、屯所でやるような「スパーン」と音高く開けるような、そんな無作法なことはしない。あくまでもそっと、おしとやかに、である。
眼前は、庭である。まあ、当たり前といえば当たり前か。
梅っぽい木が、数本ある。蔵までみえる。
この屋敷が柳生家のものなら、柳生三厳、いや、十兵衞といったほうがいいか、兎に角、かれが記し、世にしられている書以外のものがでてくるかもしれない・・・。
「お宝発見!」、みたいな・・・。
そのとき、視界のすみに黒い影が映った。
相棒である。
相棒を無視し、蔵をみているので、イラっときたに違いない。おれの視界に入る位置で、わざとうろついる。
(ふっ、愛いやつめ・・・)
苦笑しつつ、左掌を左太股に添える。
相棒は、その指示に即座にお座りする。それから、尻尾で庭の土を掃く。
「飯だ、飯・・・」
叫び声と駆けてくる音は、いまやすぐ間近に迫っている。
忘れていた。子どもらの無作法を、注意しようとしてたんだった。
「こらっ!」
体ごと叫び声のほうに向き直り、同時に、力いっぱい怒鳴る。