「必殺!激似」
「えっ、中村主水っていう名前じゃなかったですよね?」
松吉の屋敷を訪れ、あらためて家人、松吉の母親のそのまた母親、つまり、松吉にとっては祖母にあたる女性を紹介された。
松吉の父親に、そう尋ねてしまった。
松吉の祖母は、往年の時代劇ドラマ「必殺シリーズ」の主役中村主水の義理の母親に、あまりにも似ているからである。
ああ、「婿殿っ!」と叫んでいた名女優に、似ているといったほうがいいのかもしれない。
「必殺シリーズ」、あれはマジで面白かった。
CATVで特集をやっているときには、かならずといっていいほど録画し、腰をすえて観たものだ。
殺しの是非は別にし、兎に角、クールである。
昼行灯の同心中村主水と仲間たちが、金で買えぬ恨みを晴らす・・・。
その殺し方もまた、ある意味斬新である。
「いいえ、わたしは兵衛ですが・・・」
「必殺シリーズ」を懐かしんでいるなか、松吉の父親が当惑した表情で、答えてくれる。
そうだ、中村主水夫妻に子どもはいなかった。
いや、そもそもそんな問題ではない、か・・・。
苦笑してしまう。
「申し訳ありません。なんでもないのです。いまのは、ききながしてください」
「はあ・・・。ささっ、なにもおかまいできませぬが・・・」
遠慮など、屯所に置いてきている。いや、遠慮などもちあわせていない。
大人も子どもも、中村家にずかずかと入っていく。
新撰組に、遠慮などというおくゆかしいものはない。自慢ではないが、きっぱり「ない」、と断言できる。
先日、屯所への招待に訪れた際には、玄関口で話をしただけであった。こうしてなかに入ってみると、なるほど、これぞ武家屋敷だと、その広さに感心してしまう。
市村と泰助が、相棒を庭に連れていってくれた。
まずは、居間に通された。そこにいたるまでに、いくつかの部屋がある。
居間の向こうは庭で、桜の木が数本ある。 庭の向こう側には蔵らしきものがあり、その傍に小さな小屋がみえる。
おそらく、飼っていて死んだ、という犬の小屋なのであろう。
床の間に、刀掛けがある。
刀が二振り、静かに横たわっている。
鞘は、なんの拵もないじつにシンプル
なものである。
「はは、たいしたものではありませぬ」
松吉の父親は、おれの視線を追ったのか、苦笑とともにいう。
「父上、庭で遊んできてもよろしいですか?」
松吉が廊下からひょいと顔をのぞかせ、尋ねる。
「おいっおめぇら、二人の面倒をしっかりみろよ。怪我させるな、泣かすな。それから、なにも壊すな、いじるな、なくすな。わかってるな?」
永倉が、市村と泰助をのぞく子どもらに厳命する。
思わず、笑ってしまう。
じつに新撰組の子どもら向きの命じ方である、と思う。
「承知」
子どもらは、一丁前に了承する。
それから、松吉の掌をひき、松吉の弟を抱っこし、居間からでていった。
「いい子どもたちですね」
松吉の父親は、廊下をみながらいう。
「やんちゃざかりです。新撰組に置いとくほうが、どうかと思いますがね」
「ちがいない。子どもらには、血なまぐさい思いをさせたかねぇってのが、本音です」
松吉の父親と永倉、原田が話をしている最中も、床の間の刀が気になって仕方がない。
「よろしければ、お手にとってください、相馬殿」
「いいのですか?では、お言葉に甘えて・・・」
喜び勇み、刀にちかづく。
「中村殿は、剣術をやるのでしょう?流派は?」
永倉が尋ねているのが、背にぶつかる。
しばしの間が・・・。
ちょうど刀掛けの刀に掌をかけたとき、松吉の父親が口を開ける。
「たいしたことはござりませぬ。いまはもう・・・」
その声は、じつに悲し気である。