表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

143/1255

嵐をよびにきた男

 その朝、松吉親子が屯所を訪れてきてくれた。


 松吉の父親は、この日は非番だとかで、木綿の着物に草履という、まぁ現代でいうところのカジュアルな格好である。


 屋敷に遊びにきてくれ、という。


 この日は、おれも非番だったので、お言葉に甘えることにする。


 で、なぜか、松吉の母親まできている。


 屯所の門で立ち話をしているが、松吉の母親は、なかをしきりにうかがっているではないか。


「あー、副長はおりません」


 松吉の父親の手前、控えめに告げる。


 すると、松吉の母親は、あきらかに失望したようである。

 はっきりと表情(かお)にでたばかりか、おおきな溜息までつく。


「いいんですよ、相馬殿。家内は、屋敷でも四六時中、土方殿のことを話しております。「あんなにきれいな方は、みたことがない」、「あんなにきれいな声は、きいたことがない」、と。それはもう、朝から晩まで」


 松吉の父親は快活に笑い、抱いている松吉の弟に「なあ、そうであろう?」と笑いかける。


 えらい!すごい!


 松吉の父親を、心中で褒め称える。


 なんて心の広い、いい夫なんだ。一事が万事、寛容に違いない。こんな夫だったら、結婚してもいいとさえ思える・・・。


 いやまて、なにを考えている?なにゆえ、女性目線なんだ?


 自分の考えに、愕然としてしまう。


 伊東とのさらなる密会をまえに、どうかしてしまっているのか?

 これはなにも、囮捜査官としての心構え的なものではない。


 この寒空のなか、頬を汗が伝う。


「あ、相棒も連れてきても?」


 内心の動揺を悟られぬよう、ごまかす。


「無論。ああ、子どもたちも一緒に。松吉もこの子も、新撰組こちら)の子どもたちのことが、兼定とおなじくらいに大好きなのです。それと、永倉先生や原田先生たちもぜひ。家内と家内の母親が、うまい物をたくさんこしらえております」

「いや、それは・・・。新撰組うちの食べっぷりは、それはもう・・・」

「主計さん、はやくはやく・・・うわっ、松吉っ!」


 忠告がおわるまでに、なかから子どもらがやってきた。


 そう、ちょうど例の場所に、相棒の訓練、もとい、相棒が子どもらを訓練する為にでかけようとしていたのである。


 すっかり忘れていた。


 市村が相棒の綱を握っており、かれを含めた子どもらは、松吉兄弟をみつけて大喜びし、わっと群がってきた。


 それは松吉兄弟も同様で、大小様々な子どもらは、みな、手がつけられないほど興奮している。


 屯所の門番役も、苦笑している。


 井上の甥っ子の泰助と玉置が、屯所に永倉らを呼びに戻った。


 いつものように、広間でだべっていたのだろう。永倉と原田は、とるものもとりあえずすっ飛んできた。


「なになに、飯を喰わせてくれるって?」


 永倉は、挨拶もそこそこに確認する。


「ああ、そりゃいいな。飯、喰いてぇ」


 原田まで。


「ちょっと待ってください、両先生。家で食事してるでしょう?共働き夫婦じゃあるまいし。おまささんも小常さんも、専業主婦でしょう?ちゃんと食事を作ってくれてますよね?それなのに、なにゆえ、食べ盛りの子どもみたいに騒ぐのです?」


 現代事情もまじえ、尋ねてしまう。


 この時代、料理屋や宿屋のような商いをしていないかぎり、たいていは専業主婦だろう。

 ローンの返済の為、子どもらの学費の為、マイホームの為、さらには老後の為、あるいは、仕事をつづけたいという望みの為、パートだろうがフルタイムだろうが、働く妻女はそうそういそうにない。まあ、傘はりや裁縫といった内職はあるだろうが。


「喰いすぎだって、怒っちまって喰わせてくれねぇんだよ」


 永倉が、悲痛な叫びをあげる。


「やや子が産まれるってのに、「金子がいるでしょう」ってな」

「おれのとこもだ。おれのとこなんざ、産まれてるのと産まれそうなのがいるからな」


 いや、しっかりとした女性たちである。


 (おとこ)二人に同情するよりも、二人の妻女のしっかりとした観念と、夫の御し方に、称賛を送りたい。


「お三方に、このまえのお礼がしたかったのです。これ、おとなしくせぬか」


 父親は大変である。


「わんわん、わんわん」


 松吉の父親は、胸元で暴れる次男を抱きなおしながら、あるきだす。


「でっ、両先生は、非番ではないですよね?」


 歩きながら、永倉と原田にささやく。


「あ?そうだったか?まっ、腹痛起こして家にかえっちまったら仕方ねぇ。伍長ってのは、その為にいるんだ」

「そうそう、新八のいうとおり」


 返す言葉もない。

 同時に、島田と林が気の毒になってしまう。


 さらには、これだけの台風、いや、ハリケーン級の大嵐を、みずから招きにきた良き夫、良き父親にたいしても。


 気の毒でならない、とつくづく思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ