情況整理
グラバーの女と寝ていた同心、それらを殺った見廻組の今井。
今井は、二人を殺害した後、坂本の潜伏先である「酢屋」に立ち寄り、そこで一夜を過ごしている。そして、早朝、今井は、その足で見廻組の屯所のある二条城には戻らず、岩倉の屋敷へと行った。そこでは一時間も過ごしてはいないだろう。が、なんらかの報告程度なら、さほど時間は必要ない。
そこでたまたま出会った土佐の岩崎。たまたまかけたカマに、ひっかかってでてきた坂本の名・・・。
昨夜から今朝までの要約だ。
謎だらけ、突っ込みどころも満載すぎる。よもや、なにをどう整理し、考えればいいのかもわからない。
殺し、の犯人は推定できた。
松吉の父親の主訴の憶測はできたわけだ。
だが、これはあくまでも相棒の臭跡の結果だけで、なんの証拠もない。遺留品も、血の付着した懐紙、というだけでは薄すぎる。
それに、動機に関してはわからない。あるいは、黒幕の有無も・・・。
この事件そのものは、うやむやに終わるのだろう。だが、その圧力を、いったいだれがかけるのか?プライベートの問題であるとすれば、今井は、佐々木やその上に告白するのか?たしかに、それもありだろう。
だが・・・。
おれは、自分の部屋でごろんと横になり、木の天井のしみや模様をみながら、あれこれと整理をしていた。相棒は、おれの部屋の前の庭で丸くなって眠っている。
開け放たれた障子の向こうから、ささやかな陽光と、大量の冷気が同時に流れ込んでくる。視覚的には暖かいっぽいが、体感的には震え上がるほどの寒さだ。
やはり、布団を敷けばよかった。このまま眠ってしまったら、確実に風邪をひくだろう。だが、庄助さんじゃあるまいし、こんな時刻に、寝具を準備した上でマジ寝する気にはなれない。それに、頭のなかをまとめたいということもある。
被害者たちには申し訳ないが、おれは、かれらが殺害されたことに対して、ということ以上に、その犯人が、というよりかはこの殺しも含め、どうも坂本に結びついているような気がしてならない。いや、無理矢理そう結び付けようとしているのか・・・。
この事件そのものを、どうしてか坂本暗殺に関連付けようとしている・・・。
そのことに、あらためて気がついた。おれは、両掌の上にのせている頭を左右に振った。
完全に曇ってしまっている。瞳も精神も・・・。
あぁくそっ、今井はどうして殺ったのか?動機を知りたい・・・。
同時に、坂本が殺られる日が近づきつつある、ということにも焦りを感じる・・・。
今年の十一月十日だ。もう間もなく、なのだ。
副長の言葉もまた、おれの頭と心にこびりついたまま離れない。
たしかに、おれは坂本と中岡が暗殺されるときと場所をわかっている。その手口の詳細も。さらには、実行犯も。
もっとも、それらすべてが正しい、とはいいきれない。webなどから得た情報であり、不確かなことである。
いっぽうで、たとえ不確かなことであったとしても、それに賭け、阻止することはできるかもしれない。実行犯、黒幕、動機、すべてを明るみにすることはできなくても、坂本を再度説得するなり、海援隊や中岡に誼を通じるなりすれば。
はやいはなしが、坂本がその日、その場所にいなければいいのだ。
だが、それはそれで歴史がかわってしまう。そうなれば、もしかすると現代にまで影響がでてしまうかも・・・。漫画や映画や小説でも、さんざん取り沙汰される問題の一つだ。
いや待てよ・・・。
おれは、勢いよく上半身を起こした。
庭をみた。丸くなって眠っていたはずの相棒が、お座りをしておれをみていた。じっとこちらをみるその瞳は、もう何度も味わっている奇妙な感覚を与えてくれる。幕末にくるまでには感じられなかった感覚・・・。
死んだことにすれば・・・。暗殺されたことにすれば・・・。
おれは、相棒とみつめあいながら、そんな突拍子もないことで、脳内を無駄にわかせていた。