務めの意義
「寒くなってきやがった・・・。京は底冷えしやがる・・・」
副長は、独り言のようにつぶやいた。掌は、相棒の顎の下をかいてやっている。
両方の瞳を細め、うっとりとしている相棒。
「京や大坂は盆地ですからね。冬は異常に寒く、夏は異常に蒸し暑い・・・」
「ああ・・・」
副長が立ちあがったので、おれも立ち上がる。
正直、おれも眠さ大爆発である。瞼がおりかけている。そろそろ部屋に戻って一寝入りしたい・・・。
副長に挨拶しようと口を開きかけたとき、自分の部屋に入ろうとしていた副長の動きが止まり、ついで体ごとおれのほうに向き直った。
ふむ・・・。30、40センチしか離れていないこの距離で、副長の顔をあらためてみると、やはりイケメンすぎる。これは、先日のおまささんと松吉の母親ではないが、男でも見惚れてしまう。
よくもまぁ、おねぇがいい寄らなかったことだ。もっとも、副長のほうで、最初から「近寄るんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ」的なオーラが全開だっただろうから、さすがのおねぇもいい寄ろうにもいい寄れなかったに違いない。
「なにをぼーっとみてやがる、主計?おめぇ、まさかおねぇに感化でもされたんじゃねぇだろうな、ええ?」
「はぁ?思想、ではなく?BLに?もとい、衆道に、ですか?」
おもわず、笑ってしまう。
「ご心配なく。万が一にも感化されるとしたら、思想のほうですよ」
「馬鹿いってんじゃねぇ・・・。そっちも厄介だろうが・・・」
イケメンに苦笑いが浮かんだが、すぐに引き締まる。
「主計、おめぇのもとの務め、だがな・・・」
副長は、さらに相貌を寄せてきた。そうしなかったら、いまの言葉はきこえなかっただろう。
「起こったことに対して、それをだれが起こしたか、をみつけるのだけが務めなのか?」
その言葉の意味が、理解できない。
「どういう意味・・・」
「昨夜のように、殺した下手人をみつけるだけしかできねぇのか、ってことだ・・・」
混乱してしまう。そして、副長の囁き声を脳内で反芻することで、副長がいっていることがやっとわかったような気がした。
「たいていは・・・。そうですね、すくなくとも、相棒との場合はそうです。ただ、囮捜査官だったときには、ここでいう目明しのような人たちから得た情報をもとに、事が起こる前に阻止することもあります。しかし、たいていは、殺人、強盗、詐欺、こういったことが起こってからはじめて、警察は動きだします。逆に、なにかが起こらないと動けない、という場合もあるんです」
おれの説明が気に入らなかったのか、副長の眉間に皺が寄る。
「なら、いまから金を盗むってことがわかっていても、そいつが盗むのを待って、盗んでから捕縛するってのか?盗みならまだしも、殺しのときにはどうなんだ?殺すのをまつってのか?」
即座に否定する。
実際は、そんなに簡単ではない。状況証拠、逮捕状の請求、もろもろ煩雑な流れをクリアし、はじめて任意同行にこぎつけられる。
この時代に生きる副長に、未来の複雑なシステムを説明するのは難しい。
「副長、いったいどうされたのです?いったい、なにをおっしゃりたいのです?」
ついに、直球を放る。
副長と謎めいた問答をしたくとも、いまのおれの脳は、すでに待機状態にはいってしまっている。
「おめぇはしってる。いつ、どこで坂本が殺られるか?だれが殺るのか?え、そうだろう、主計?」
いまや、副長の瞳はおれのそれと数センチしか離れていない。
その深くて濃い副長の両瞳に魅入られながら、息も言葉も呑み込んでしまう。