おれさまのやりかた
膳は下げられ、永倉と島田はもともと非番だったので仮眠に、原田と林は朝の道場での稽古にと、みなひきとってしまった。
副長と、二人だけになった。
いや、相棒が庭で、瞳を瞬かせながらうらめしそうにおれをにらみつけている。
副長は、立ち上がると廊下にで、そこで胡坐をかいた。
両掌を差しだし、相棒の頭やら顎やらを撫でるその仕種は、すっかり板についている。
相棒を屯所に置いて巡察やら隊務やらで他出しているときに、撫でているのであろう。
そして、相棒もまた、副長に撫でられなれている。
「でっ、どう推察し、どうするつもりだ、主計?」
副長は、秀麗な顔をすこしだけ向け、部屋で座しているおれにそうきいて尋ねる。
「正直、混乱しています。なにがどうつながっているのか、いえ、そもそも、つながりがあるのかどうかもわかりません・・・。すくなくとも、犯人、いえ、下手人、というよりかは実行犯はわかりました。あぁそれもまた実行犯なのか、それとも、個人的な理由からなのかもわかりませんね・・・」
とりとめのないことを並べ立てながら、矛盾や違和感を覚えてしまう。
「だろうな・・・。まぁ今井の件は、東西の奉行所でどうかたをつけるか、だろうがな。もしくは、なにもおこらぬのかもしれねぇか、だ」
「つまり、揉み消し、ってことですよね?」
「ああ、奉行所も見廻組も頭おなじ。しかも、見廻組の連中は、あれでも一応は幕臣だ。奉行所の手におえる相手じゃねぇだろうからな・・・」
副長は、そこで言葉をきった。
それから、相棒を撫でる掌を止め、こちらに向き直る。
「皮肉な話しじゃねぇか、主計よ?ここにきてまでおなじようなことが起こっちまってる・・・」
親父とおれ自身に起きたこと、とである。
「まっ殺られたのは、新撰組の者じゃねぇがな」
「副長、もしもそれが新撰組の隊士だったら、副長はどうされていましたか?」
とんでもないことをきいている、と自覚している。それでも、きいてみたい。
答えは、わかっているのに。
新撰組も組織の一部。見廻組と比較すれば、身分の差は歴然としている。奉行所よりも格下の扱いであろう。
どうすることもできないのではないのか・・・。
いまも未来も、組織とはそういうものである。
気がつくと、副長はまた相棒を撫でている。
「なぁ主計・・・」
副長は、低い声で呼びかけてきた。
さほど遠い距離ではないが、よくきこえない。なので、廊下にで、副長の隣に正座する。
「おれは、武士になった。新撰組は、いまや幕府の組織の一つだ。みてみぬ振りをしろ、なかったことにしろ、死んだ隊士は病死、あるいは、隊務中に死んだってことにしろ、っていわれりゃぁ、そうするよりほかねぇだろうよ。だがな・・・」
副長は相棒を撫でつづけながら、相貌だけこちらへ向ける。
曇天である。寒い、と体感的にも感覚的にも感じる。
「建て前を取り繕うのと、現実に起こることとは話しが違う。新撰組には、現実に起こりえることをつくれる人間が、いくらでもいる。今井は、いつどこで、なにが起こってもおかしくない状況に、陥るってわけだ・・・。それが、おれだ。それが、おれのやり方だ」
秀麗すぎる相貌に浮かぶ、凄みのある笑み。
土方歳三なら、けっして泣き寝入り、みてみぬ振り、きかぬ振り、しらぬ振り、などするわ
けがない。
なぜなら、それが「鬼の副長」と二つ名をもつ、土方歳三その男だから。
「くしゅん」
やはり、寒い。
二人と一頭が、同時にくしゃみをした。