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謎が謎を呼ぶ

「こりゃなんだ、えっ?いまさらおれの過去をほじくりだし、どうしよってんだ?いま、しりてぇのは、おれのささやかな過去なんかじゃなく、今井が殺ったってこったろうが、ええっ?」


 副長は茶を啜りおえると、おれたちを順にみまわしてからつづける。


 膳の上に湯のみを置くその所作は、薬系詐欺師だった男とは思えないほど優雅である。


「たしかにあの片手打ちは、おれがいまだに覚えてるほど、すげえもんだったな・・・」


 副長が、ぽつりと呟く。


 副長が剣術のことを、それを褒めることじたい、滅多にない。


 しかも何十年もまえの、道場でみかけた程度の一剣士の技を、である。


「あぁたしかにありゃ、示現流の片手版みてぇだった・・・。練習相手の肩やらかいなやら、簡単に折れちまってた。ありゃ、さすがにおれの「石田散薬」でも効きゃしねぇ・・・」


 自分でいいながら、そのときのことを鮮明に思いだしたのであろう。


 部屋の天井に視線を向けたまま、副長はつづける。


 おれたちは、大人である。


 一社会人として、これ以上、「石田散薬」に対する批評、突っ込みは控え、ただただ片手打ちに関することだけに反応する。


「それだと、師匠が「遣ってはならぬ」、と止めるのも頷けますね・・・」

「へー、あいつがそんな技をもってたなんてな・・・。まっそんな力技を遣うんだったら、示現流とおなじく、畳がへこまぁな」


 おれの見解につづき、永倉も合点がいったように頷いている。


 というよりかは、自分の推測が間違っていなかったことを正当化する。


「それで?グラバーとやらが大坂から連れてきた芸妓と、東町の同心を殺ったのが、今井に間違いないとして、理由は?その足取りも、おかしなもんじゃねぇか?ええっ、主計さんよ?おめぇは、どうみてやがる?」


 まだなんの整理もできず、それどころか混乱の際にある状態なのに、矢継ぎばやに責めたててくる。


 正直、わからない。

 というよりかは、ゆっくり整理し、考えたい。


 ゆえに、正直にそう答える。


「今井はあれか?その足ですぐあそこにいったってのは、人間ひと二人斬っちまった勢いで、ついでに殺っちまおうとでも思ったのかね?」


 永倉が自前の楊枝で歯をせせりながら、推論する。


「しかし、あれには驚きましたね。まさかあそこにゆくとは・・・。背も高いし、一瞬、坂本だったのかと思いましたよ」


 島田がいう。


「はぁ?なんでだ?坂本が人間ひと二人斬る、なんて考えられんねぇ。とくに女子おなごは、な。おれにはわかるぜ。あいつは助兵衛だ。男だって女だって、斬るわけねぇんだよ・・・。痴話喧嘩なんかで、万が一にも斬ることはあっても、それは好いてねぇ男だけだ。たとえ顔をみられてたとしても、斬りやしねぇ。ぜってぇにだ」


 原田・・・。


 驚愕の表情かおになっているに違いない。


 なにも、坂本を擁護していることに驚いたわけではない。

 いまの内容だと、助兵衛な坂本は、好いた男も女も斬らないはずだ、ととってしまう。


 原田・・・。


 その同類相憐れむ的な言葉に、驚いてしまう。


 そして、またしても原田への疑惑がむくむくと・・・。


 助けを求め、無意識のうちに原田以外の顔をみまわす。


 どの顔にも、今井が最初に立ち寄った場所をみた、あるいは、きかされたとき以上の驚きが、くっきりはっきりと描かれていることはいうまでもない。

 

 原田への疑惑は兎も角として、今井は、同心と芸妓を斬った後、まっすぐ「酢屋すや」に立ち寄ったのである。


 そこは、現代でも有名なところである。


 なぜなら、坂本龍馬の潜伏先とされている、材木商だからである。


 その「酢屋」で、今井は一夜を過した。


 もっとも、そこに坂本はいなかった。


 その数日前に、人生最期となる潜伏先に移っていたからである。

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