おれさま系薬売り商法
「ええっ!副長が?副長がご存知なのですか?」
茶碗を膳の上に戻しながら尋ねる。
というと、さも冷静かのように感じられるであろうが、じつは違う。
動転している。
口のなかで玄米を噛みくだした後だったからよかったようなものの、これが口いっぱいにはいっていようものなら、確実に口のそとにまき散らしていたであろう。
もしかすると、対面で座している原田の顔に、玄米が一粒、二粒はりついたかもしれない。
「おれがしってちゃ、不都合でもあるってのか、ええっ、主計よ?」
不機嫌に、さらなる不機嫌が積みあげられたかのような副長の声。
「いえ、べつに・・・。すこし意外だっただけ・・・」
「土方さんは、これでも昔、江戸やら日野やらの道場の門を叩きまくってたんだぜ」
永倉もまた、膳の上に茶碗を置いた。
やっと、である。
先日のおまささんの実家でもそうだが、永倉は、控えめにいっても大食漢である。エンゲル係数は半端ないだろう。
稼ぎがいいからとはいえ、小常さんもやりくりがたいへんに違いない。
ああ、小常さんとは、永倉の奥さんの名前である。
島原の芸妓だった人で、この人もまた小柄だが、きれいな女性である。
「なんですって?」
叫んだのは、おれだけではない。
島田と林も、叫んでくれた。
「副長が?道場の門を叩く?」
おれたち三人は、まるで餓鬼のころからの付き合いみたいに、ぴったりと息のあったところをみせる。
「道場破りとは・・・。意外ですね・・・」
呟きながら考える。
逆の発想だろうか。
こつこつと地道に練習を重ねるより、即実戦できる道場破りのほうが、場合によっては力がつく。
いや、必ずつくだろう。
これぞまさしく、生きた剣術が学べる、というわけだ。
「違う違う、勘違いするなよ」
おれの逆発想説は、原田によってソッコー否定された。
「土方さんのは商い、だ。あー、例の・・・、切り傷や打ち身にきく・・・らし・・・い・・・例の・・・特効薬の・・・「石田散薬」?・・・あれの商い、だ」
ああ、「石田散薬」ね・・・。
その説明に時間がかかったばかりか、「石田散薬」のところでは語尾が上がって疑問形である。
たしかに、道場だったら怪我する者はいる。需要があるに決まっている。
さすがは副長である。抜け目がない。もとい、みるところはちゃんとみている。
「道場主に師範、師範代、皆伝の連中がまだ道場にいないようなときをみはからっておしかけ、切り紙やら目録の連中を叩きのめす。無論、脛払いや脚払いなど、汚ねぇ手段で、だ。で、怪我した連中に、「道場主や師範や師範代らがこれをみたらきっと泣くな」、みたいなこといって、ききもしない、あぁいや、たぶんきくかもしれない薬を、高い値で売りつけるっていう算段だ」
永倉である。
茶をすすりながら、暴露する。これは、まさしく暴露、である。
「そんなこと、犯罪ですよ。詐欺です。あきらかに詐欺です」
尊敬する男を、キッと睨みつける。
「ああ?犯罪?詐欺?なんだそりゃ?おれが正義だ。弱ぇやつが悪い。それに、「石田散薬」は、信じる者にはきく。ああ、きくんだよ」
副長は、悠然と茶をすすりながら嘯く。
なんだこれは?
『おれさま系信じる者は救われる』式論理か?
今井の「片手打ち」のことなど、すっかり忘れ去っていた。