尾行終了
容疑者の正体は、見廻組の隊士だった。
おれたちは、今井が二条通にさしかかったところで尾行をやめた。
かれが二条城の見廻組の詰め所に戻る、と判断したからである。
「どうされるのです、中村殿?」
松吉の父親に尋ねる。
河原町通りと交差している角で、だべっている。
「とりあえず、お役所に戻ります。報告、いたしますが・・・」
松吉の父親は、顎を指の腹でさすりながらしばし思案する。
「報告なんぞしてみろ、すぐに揉み消されるに決まってら」
苦笑とともに、永倉がいう。
「おっしゃるとおりです。ですが、仏たちのことを考えると・・・」
永倉のいうことも松吉の父親のいうことも、どちらも道理である。
「残念ながら、相手が悪い。われわれも、協力しようにもできぬであろう」
島田がいうと、松吉の父親は気弱な笑みを浮かべる。
「下手人がわかっただけで、充分でございます。お礼の申しようもござりませぬ」
松吉の父親は、姿勢を正すと深々と頭を下げる。
「やめてくれ、中村殿」
永倉は、分厚い掌で松吉の父親の両肩を掴むと、頭を上げさせた。
「くそっ!やつら、幕臣であることにことかきやがって、やりたい放題だな」
分厚い片方の掌を、もう片方の拳で殴りつける。
「お礼はまたあらためて・・・。おそらく、鳶が呼びにいってくれた同心たちが、探していることでしょう」
「ああ、そうでした。ということは、おれたちのことも探しているかもしれません」
すっかり忘れていた。
目明しの鳶が、屯所にもしらせに走ってくれたのである。
副長の命を受け、巡察から戻った原田と林が、あそこにいっているかもしれない。あるいは、屯所で待機していてくれているか・・・。
「兼定、誠にありがとう。よければ、うちの子らのところに遊びにきてくれ。家内は、沢庵を漬けるのがうまい。いくらでも馳走するよ」
両膝を折り、松吉の父親は相棒を撫でながらそう喋りかける。
松吉の父親の瞳をみる相棒の瞳は、いまや頭上にのぼっている太陽よりも輝いている。
京都府警の刑事が、警視庁から派遣された特別捜査官に殺られたようなものだ。
これが、当人同士のいざこざだったら、殺られた側は殺った側を徹底的に糾弾するであろう。
が、組織によるものであったら・・・。
揉み消し・・・。
くそっ!ここでもまた、揉み消しことが?
いや、おれ自身の過去に紐付け、やきもきしている場合ではない。
この事件は、あらゆる意味で突っ込みどころ満載だ。
ぜひとも、おれなりにまとめたい。でないと、とんでもないことになりそうだ。
歴史的に、とんでもないことに・・・。