ゆるキャラ邂逅
そのとき、裏口の門が開いた。
おれたちは、いっせいに茂みに身を隠す。
さきほどの男がでてくるものだとばかり思ったが、違うようだ。
帯刀していない男が二名の武士を連れ、こちらの方へと向かってくる。
「あっ・・・」
その男は、あきらかに態度がでかそうな、目端のききそうな面構えをしている。
なにより、その顔を知っている。
この恰幅、鼻の下の立派な八の字の髭、高価そうな着物。
その男を、web上で何度もみたことがある。
「岩崎弥太郎・・・」
呟いてしまう。
「い、わ、さ、きー?いったい、だれだそりゃ?」
その呟きに、永倉が盛大に反応してくれた。
その大声は、早朝の京の町全体に響き渡ったに違いない。
「そこにおるのはだれにかぁーらんか!」
もちろん、こちらに向かってきている三人に、それがきこえぬわけはない。
武士の一人が、誰何とともにおれたちのいる茂みにダッシュで向かってきた。もう一人も、どたどたと駆けだしている。
「組長ー、まったくもうっ!」
島田がクレームをつけるが、いまさらどうしようもない。
「騒ぎはおこしたくありません。かといって、逃げきれないでしょう。なかから人を呼ばれかねない・・・」
腹をくくる。
「あの二人は、ここでのしましょう。島田先生、中村殿、あそこに立っているのは、商人のような者です。捕まえて連れてきてください。ああ、どうかおてやらかに願います。永倉先生、相棒、いきますよ」
立ち上がると、林の奥へと駆けだす。
永倉と相棒もおなじように駆けだし、島田と松吉の父親は、その場にとどまった。
「こっちだ、うすのろ」
罵倒に、二人の武士は茂みを掻き分け、林のなかに入ってきた。
島田と松吉の父親には気がつかず、おれたちに向かってくる。
それをやりすごし、島田と松吉の父親が茂みからでていった。
「土佐っぽか?のすだけでいいのか?」
追いかけてくる武士たちに向き直り、永倉が尋ねてくる。
無言で頷く。
「斬るわけにはいかぬでしょう?あきらかに、おれたちのほうが不審者だ」
「違いねぇ。おお、安心しろ。おれの柔術は、左之よりかは上をいってる」
「そうですか。それをきいて安心しました・・・」
いいおわらぬうちに、永倉が一人に向かっていった。
んっ?左之の上?
頸をひねってしまう。
なぜなら、原田の柔術などみたことがないし、噂すらきいたこともない。
その上っていったい・・・。
おれの相手は、この時代の日本人の体格にすれば、ずいぶんと日本人離れしている。
兎に角、でかい。190cmはあるだろうか。しかも、丸い。顔も体も丸、だ。黒い着物に同色の袴。髷はゆっておらず、みじかく刈り上げている。陽に焼けた顔は、黒々と光っている。
林檎病なのであろうか?両頬が真っ赤になっている。さらに、その表情はゆるい。
全体的にゆるすぎる。
こ、これは・・・。
「相棒っみろっ、これはくOモンだ」
思わず、相棒に叫んでしまう。
それは、熊本県の誇るゆるキャラのことである。
この武士は、どこからどうみてもそれにしかみえない。
おれたちは、一度だけそれと会った。たまたま、である。
行方不明の女児を相棒が発見し、そのかえりだ。向こうも、ロケかなにかのかえりだったのであろう。
たがいに業務外だったし、周囲にファン、もちろん、ゆるキャラのほうのファンだが、もいなかったこともあり、スマホで一緒に写真を撮ってもらった。
相棒が、唯一怖い相手でもある。ずっと顔を背け、尾を腹に巻いていた。これが本物の熊だったら、勇猛果敢に向かっていったであろう。が、ゆるキャラだ。奇妙な生物とみえたのか、それとも、そのゆるさが逆に怖かったのか・・・。
相棒が、一瞬怯んだ。
トラウマか?
左掌で綱を解きながら、その相棒の様子にほっこりする。
「うしろへまわって、待機」
小声で指示すると、いつもよりほんのすこしだけ対象に距離をおきながら、その背後へとまわる。
それにしても、これはやりにくい。ゆるキャラを痛めつけるには抵抗がある。
しかも、相手から害意や敵意が感じられないのだから、余計にやっかいだ。
どさっという音がし、くOモン越しに向こうをみると、永倉が羽交い絞めの姿勢から相手を解放したところである。
「あの、できれば戦いたくないのです。あなたによく似た人をしっているもので・・・。岩崎さんと、話がしたいだけなんです」
ダメもとで、そう打診した。すると、くOモンは、地面に転がった自分の仲間、永倉、そして、相棒をみ、おれに視線を戻す。
無言で頷いてくれた。
喋らないところまで、くOモンとおなじだ。
いや、もしかすると、そこの茂みからおつきのお姉さんが飛びだしてくるのか?
なんだか、現代を感じたような気がする。
相棒は、びびりまくっているが・・・。