お屋敷
なんというんだろうか?
これぞお屋敷、といった感が満載である。
漆喰の白壁が、ずいぶんと長くつづいている。
おれたちが尾行けてきた男は、そのお屋敷に用があるようだ。
このお屋敷がだれのお屋敷なのか、おれたちのなかでしっているのは松吉の父親だけである。
その証拠に、永倉と島田も額に掌をかざし、どこまでもつづく壁をみている。
おれと、五十歩百歩的な表情で。
「これだけの屋敷の持ち主っていやぁ、きっとお公家さんだな?」
永倉が断言する。
おれたちは、その屋敷の裏口、っていうか、裏門っていってもおかしくない、立派な裏口がみえる茂みに隠れている。
茂み、といっても白壁に沿って木々が立ち並んでいる林である。
もしかすると、ここいら一帯が、この屋敷のもち主の土地なのかもしれない。
「へーっ永倉先生、ずいぶんと冴えていますね」
またしても、名探偵っぽい推理をきかせてくれた永倉に、心からの讃辞を送る。
「馬鹿にしてんのか、主計?この京で、これだけの屋敷をもってるっていやぁ、京を根城にしてるお公家さんしかいねぇ。各藩の藩邸ですら、これだけのもんは手に入らねぇからな」
なるほど。その単純明快な答えに、妙に納得してしまう。
その真偽は兎も角、ここがホームグラウンドでないかぎり、つまり、先祖代々受け継いでいるのでないかぎり、これだけの不動産を有するのは無理であろう。
ここは、朝廷のホームグラウンド。そこに巣食う公家が、土地をもっていて当然というわけだ。
「それにしても、立派な屋敷ですな。われわれもこの界隈は、うろつくことすらはばかられますゆえ、かような屋敷があることもしりませんでした」
島田がいう。
たしかに、巡察とはいえ、新選組がうろつけるような雰囲気ではない。これだけの屋敷なら、私兵をもっていてもおかしくない。
「でっ、どなたの屋敷なんです?」
俄然しりたくなる。
それはそうだろう。トーマス・グラバーのお気に入りの芸妓と、その芸妓と寝ていた同心を殺害した容疑者が入っていった屋敷なのである。
しかも、この屋敷のまえに立ち寄ったところもまた、とんでもないところだ。
そこと関係があるかもしれないという点でも、おおいに興味をそそられる。
「はあ・・・」
松吉の父親は、白壁に視線を向けたが、おれたちに体ごと向き直る。
「いえ、たしか、ここの主人はいないとばかり・・・」
どうも歯切れが悪い。当人は、困惑した表情を浮かべている。
「いない?なんでだ?」
苛々しているのだろう。永倉がぶっきらぼうに尋ねる。
「追放されたからです。この洛中から、追放されたのです。たしか、岩倉村で蟄居中のはずですが・・・」
その説明は、おれの脳に瞬時に電流を流してくれる。
「岩倉具視の屋敷なのですか、ここは?」
思わず叫んでしまう。
それから慌てて、自分の口を自分の掌で覆う。
「なんだと?」
衝撃だったのだろう。永倉もまた叫ぶ。
「はい、岩倉卿のお屋敷です」
松吉の父親は、おおきくうなずく。
すくなくとも、岩倉についての知識は、グラバーのそれよりかはおおい。
大政奉還後のちょうどこの時期、岩倉も赦免されたはずだ。蟄居先の岩倉村から戻っていてもおかしくない。
岩倉具視・・・。
幕末期におけるキーパーソンの一人。ずいぶんと癖のある御仁だが、明治の、そして、近現代の礎を築いた一人といっても過言ではない。
かれの子孫もまた、有名人がおおい。政界、軍閥、そして芸能界。明治、大正、昭和、平成、と子孫たちは活躍する。
海のよく似合う、「若大将」なるニックネームをもつ俳優や、帰国子女で公私ともに世間を騒がせた元女優など、だれもがよくしっている芸能人たちのご先祖様、というわけだ。
「岩倉具視ってだれだ?新選組の敵か、味方か?」
永倉が、つぶやく。
なんと、さきほどの驚きは、いったいなんだったのか・・・?
しかも、敵か味方かで判断しようと?
「永倉先生、それ、絶対に炎上ものですよ?」
「炎上?おお、敵ならいくらでも燃やしてやるぞ」
かれのそのわかりやすいといえばわかりやすい言葉に、おれは笑いそうになる。
まぁ、噛み合わなくて当然といえば当然だろう。
そのタイミングで、相棒が「ふんっ!」と勢いよく鼻を鳴らした。
それは、なにかへの抗議、なのか?あるいは、同意、なのか・・・?