「これ、犬なの?」
土方もまた、公用で他出するという。
とりあえずは「土方を救ったお客人」として、この夜は屯所に泊めてくれるという。
放りだされたところでいくあてもなく、それどころか昨夜の連中にばったり、なんてことになったら目もあてられないので、ここはそれに甘えることにする。
それに、まだ気持ちと状況の整理もついていない。
いまが正確にはいつなのか、詳細も確認したいところだ。
とりあえずは相棒の様子をみようと庭にいってみると、数名の子どもらに取り囲まれ、相棒はあきらかに当惑しているようだ。
お座りし、困り果てている。
おかしくなる。
同時に、屯所に子どもらがいるということに、違和感を覚える。
そういえば、さきほど近藤を呼びにきたのも子どもだ。
「これ、ほんとに犬?」
小学校五、六年生位だろうか?
現代の子どもはやけに大人びているので、この時代の子どもらだったら、おぼこくみえても中学生くらいかもしれない。
男児のわりには線が細く、やさしい顔立ちの子が、おれに気がつき、きいてくる。
「犬なもんか、狼だ。かっこういいな。おれたちにぴったりだ」
最初の子よりかは二、三歳位上の、いかにも餓鬼大将タイプの子がいいきる。
頬や額に擦り傷をつくっている。
喧嘩か、それとも稽古かで擦り剥いたのだろうか。
「すごいよね」
「壬生の狼、だよね」
「うん、ぴったりだ」
ほかの子らが、わっといいだす。
その様子をみながら、思いだす。
近藤、土方は、日野より数名の子どもを呼び寄せ、というよりかは故郷から是非にとおしつけられ、小姓として数名の子どもを置いた。
そういえば、野村利三郎はその子らのまとめ役、といっていた。
なるほど、この子らがそうか・・・。
それにしても、新撰組のなかに、こんなに可愛らしい子どもらがいるとは。
きっと、大切にされているのであろう。
実際、ほとんどを故郷にかえし、日野の出身でない子は労咳で死に、最後のほうまで土方に従った子も、土方が遺品をもたせて戦線を離脱させた。
厳しい掟や状況下にあっても、子どもらまでその犠牲にするようなことはなかった。
「すまないな。ぴったりだといってくれたが、こいつは犬だ」
口をはさむと、みんな「えーっ」と、がっかりする。
相棒が、右に左に頸を傾げる。
子どもと触れ合うことなど皆無にちかいが、けっして拒絶はしない。
一匹狼的な性質ではあるが、相棒はやさしくもある。
「独逸の犬だ。あぁでも、ほかの犬種よりかは狼にちかい。悪い人を追ったり、懲らしめたり、危険なものをみつけたり、ときには人間を護ったりする為に、訓練されている」
「すごいっ!たとえばどんなこと?」
最初の子がきいてくる。
「そうだな・・・。だれか、手拭をもっているかい?」
「うん、もってる」
背の低い子が、おずおずと一歩まえにでながら懐を探る。
「名は?」
「泰助、井上泰助」
その名を、おれはしっている。
おれを介抱してくれた、井上源三郎の甥である。
「よし、それを貸して。しばしときをやるから、屯所内でどこか隠れておいで。こいつが、あっという間にみつけてくれる」
「ほんとに?」
井上源三郎の甥は、子どもらしい笑みを浮かべる。
まだ小学校低学年位にしかみえない。
記憶が正しければ、京の戦で死んだ叔父の頸を抱えて、大坂城まで逃げたはずだ。
こんな子が・・・。
「ほんとに?ほんとに泰助をみつけられるの?」
はっと気がつくと、餓鬼大将みたいな子がおれの顔を覗き込んでいる。
この子が市村鉄之助。
土方歳三に最後のほうまで従い、その遺品を日野にもちかえるよう戦線を離脱させられた子だと、推測する。
「きみの名は?」
「市村鉄之助。鉄って呼ばれてる」
やはり、な。
たっぷりときをやった。子どもだ。隠れるところを散々吟味し、知恵を絞っているはずだ。十二分にときをやった。
「なにをやっている?」
廊下を曲がって、数名がやってきた。
先頭の男は、これまで新撰組で会った男のなかでは別種のようなタイプだ。そして、そのすぐうしろには大男。こちらは、いかにも膂力が強そうな戦闘タイプ。
「山崎先生、島田先生っ」
子どもらが、わずかに姿勢を正す。
山崎丞に島田魁、か。
ともに監察方として活躍した、新撰組の縁の下の力持ち的存在。
島田の方は、数すくない生き残りの一人である。
二人が目礼を寄越す。おれも返す。
「先生、この狼犬が、泰助を探索するのです」
子どもらは、興奮状態で二人に説明をはじめる。
「ほう・・・。それは面白そうだ・・・」
いかにも目端がききそうな相貌の山崎が、顎に指を添えて呟く。
「島田先生、わたしたちも見学してゆこう。報告すべき副長は、他出中のようだから」
「そうですな」
島田は、言葉すくなめに応じる
「監察方の山崎丞。こちらは、監察方兼二番組伍長の島田魁・・・」
「相馬肇です。こいつは、相棒の兼定です。いまから、泰助君から借りた手拭のにおいをこいつに嗅がせ、においを追って隠れている泰助君をみつけだします」
説明しながら、相棒に合図を送る。
反射的に、相棒のお座りしている姿勢があらたまる。
大人も子どもも、興味津津で手拭のにおいを嗅ぐ相棒と、嗅がしているおれをみつめる。