ライフワーク
相棒が嬉々としているのが、掌のなかにある綱をとおしてでもよくわかる。
これこそが、相棒の本来の姿だ。いまやっていることこそが、相棒のライフワーク、というわけである。
それを思うと、いたたまれなくなる。幕末に迷い込まなければ、過去へと流されなければ、相棒は、現代でそこそこの成果を挙げたはずである。
なにより、それによって犯人を逮捕できたり、行方不明の人をみつけたりできたかもしれない。
あのとき、ジョギングにでなければ、相棒は連れていなかったら、あの神社にいかなければ、もしかすると、おれたちは現代で本来の職務に従事していたかもしれない。
漫画やら小説やら映画のような、非現実の世界を彷徨うことなど、なかったのかもしれない・・・。
だが・・・。
おれ自身、幕末で満足していることにも気がついている。
すくなくとも、現代よりここのほうが、警察より新撰組のほうが、ずっと居心地がいいと感じている。
おれのいるべき場所、いや、おれたちの存在は、現代ではなくここなのではないのか、と確信にちかいものがある。
根拠などない。そんなものはないが、それでもそう思う。
「おめぇは、ここのほうがあってるようにみえるがな、おれには。あるいは、こここそが、おめぇのいるところで、あっちから戻ってきたのかもよ」
副長の言葉である。
そういわれて以来、以前にもましてその思いを強くしている。
おれたちは、いるべき場所に、もともといたはずであった場所に、戻ってきたのかもしれない・・・。
気がつくと、相棒がおれをみ上げていた。月明かりの下、相棒の黒い瞳が、じっとみつめている。
その瞳の奥に、またしても違和感を覚えずにはいられない。いや、違和感というよりかは、その瞳の光か、あるいはその奥にあるなにかが、ある男を思わせる。いいや、ある男そのもの、である。
錯覚、だろう。あまりにもその男のことを思いすぎて、脳が無理矢理そう関連づけている。
おれが口を開くよりもはやく、相棒のほうが視線をそらした。そして、鼻面を宙に向け、高っ鼻になる。
その鼻面は、通りの向こうにある建物へと向けられる。
脳裏に残ったわずかな残滓を、相貌を左右に振ることで追い払う。
疑問と困惑の欠片・・・。
自分にカツを入れる。いまは、やるべきことをやらねばならぬ。
「相棒がみつけました。あの家屋のなかに、犯人、いえ、下手人がいるようです」
背後を振り返り、同行者たちに告げる。
やるべきことをしおえた相棒は、おれの左脚の、いつもの位置でお座りして控えている。
「なんてことだ」
おれの指さすほうをみ、松吉の父親が呻く。
「おいおいおい・・・。なんてこった・・・」
「これは・・・」
永倉と島田もまた、驚愕の表情でそれをみている。
思わず、相棒と視線を合わせる。
なんてことだ。おれたちだけが、それをしらないのか?
いいや、もしかすると、おれだけがそれがなにかをわかっていないのかも・・・。