名句と名俳人
「俊冬がドラマチックかつミュージカルっぽく句を詠んで、それを託そうかっていっていたんだ。だけど、副長の句が急に素晴らしい出来栄えになったらそれこそおかしいだろう?だから、副長のウィキに載っている句にしようってことにしたんだ」
「そりゃそうだ。「梅の花一輪咲いても梅は梅」って、句を超絶馬鹿にしているようなレベルから松尾芭蕉レベルにでもなってみろ。『じつは、土方歳三は生きている』っていうことよりも、よっぽど驚きだよな」
「お、おまえらなぁ……」
真っ赤な相貌をして激おこプンプン丸状態の副長に、またしてもグーパンチを喰らってしまった。しかも俊冬と俊春の分まで、である。
「チッ!おれが名俳人のお蔭で、おまえらに気をつかわせて悪かったよ」
「迷俳人?」
「謎俳人?」
俊春と同時につぶやいてしまった。でっ、おつぎは右頬に平手打ちを喰らった。しかも、俊春の分もということで左頬にも。
いやいや、ちょっと待ってください。
『めい俳人』の『めい』って、漢字で書かなきゃどんな『めい』かわからないではないか?
それを平手打ちするなどとは、理不尽すぎる。
「でっ、どんな句だ?」
「はい?」
「どんな句かってきいているんだよ」
「ああ、辞世の句のことですか?『よしや身は蝦夷が島辺に朽ちぬとも魂は東の君やまもらむ』、それから『たとひ身は蝦夷の島根に朽ちるとも魂は東の君やまもらん』、という句です。この二句が副長の辞世の句とされていたのです。ですが、ある人が『鉾とりて月見るごとにおもふ哉あすはかばねの上に照かと』という句こそが、副長の辞世の句じゃないかって唱えています。副長?」
副長は空を見上げ、嘆息している。
「最高じゃないか、ええ?おれの句、超絶名句すぎて言葉もない。それにしたって、おれも成長したもんだ。詠む暇もなくって練習もしていないっていうのにな。やはり、おれは句の名人だったんだ」
「……」
「……」
「……」
副長のなんの根拠のないその自画自賛に、俊春も相棒も眉間に皺をよせてだまりこくってしまっている。もちろん、おれもである。
「よかったですね、副長」
「さすがですね、副長」
「ウウウウッ」
それから、面倒くさいから三人でそういっておいた。
まぁ、本人が機嫌よくしているんだ。さきほど伝えた句が百パーセント土方歳三のものかどうかはわからない、っていうことはだまっておこう。
「よし。船室に戻って傷の手当てをするぞ」
「おぶって」
副長が宣言をすると、俊春が甘えた声でねだってきた。
「にゃんこはやってくれたよ。主計、きみもやってくれるよね」
俊春はかっこかわいい相貌をして、子どもみたいに駄々をこねくりまくってくる。
まぁたしかに、かれのいまのコンディションでは一歩たりともあるけるわけはないよな。
「わかった。わかったよ、ぽち。ほら」
しゃがんだままかれに背を向けると、俊春は副長に手伝ってもらいながらやっとのことでおれにおぶさってきた。
やはり、動くこともままならない状態だったんだ。
そうかんがえると、胸が張り裂けそうになる。
「ハローハロー!イッツ・ナイス・ウエザー・イズント・イット」
俊春をおぶって立ち上がったとき、眼前にみんなが立っていることに気がついた。
副長に存在を消された男野村が、呑気にいいつつ青空を見上げてくるくる回っている。
おいおい、ミュージカルかよ。
ツッコまずにはいられない。
「なんだあ?おまえら、寝ていたのではないのか?」
「土方さんがオイタをせぬよう、見張りにきた」
「そうですよ、歳さん。あなたは、ほかの罪のない傷病人たちにマウントをとりかねませんからね。すぐに弱い者虐めをするんですから」
「なんだと、勘吾、八郎っ!」
「と、主計が申しておる」
「って、主計が申しています」
「主計っ、この野郎っ!」
「ええええっ!なにもいってませんってば」
容赦なさすぎだろう?
沢と久吉が大爆笑しはじめた。
もちろん、ソッコーで伝染する。
「うわー、ぽち先生、いいなあ」
「わたしもおんぶしてもらいたい」
市村と田村まで子どもっぽいことをいいだした。
「であれば鉄、銀。副長にやってもらえよ」
「わーい!」
「副長っ!」
「利三郎っ、なにをいっていやがる」
副長よりも背丈の伸びた市村と田村が、同時に副長の背に飛びついた。
「ヒイ・トールド・ミイ」
野村がそういっておれを指さした。
「主計っ!海にポイしてやるっ!」
副長は野村のいった英文の意味がわかっていないくせに、またしてもおれに理不尽なことをいってきた。
沢と久吉は、腹を抱えて笑っている。
おれも笑うしかない。
おれの背で、俊春もちいさく笑っている。
「ぽち、その調子だ。笑おうぜ。たまや近藤局長や井上先生にきこえるほど、めっちゃ笑おう」
青い空を見上げると、あの世で三人も笑っているような気がする。




