それぞれの苦しみ
「子どものころのように、かれに抱かれたかったのに……。それなのに、それなのに……。これだけかれを欲しているのに、欲しくてたまらなかったのに、怯えてしまった。怖くなってしまった。ぼくの怯えた表情をみた瞬間のかれの傷ついた表情は、一生脳裏から消えることはない。どうしてだろう?どうしてダメなんだ。ぼくは、ぼくは最低なやつだ……」
なんと声をかけていいかわからない。
俊冬も苦しんで苦しんで苦しみまくっていた。
俊春もまた同様である。
視線を感じたので視線を下げると、相棒がじっとおれをみている。視線が合うと、相棒の表情がわずかに和らいだような気がした。
多分、気のせいだろう。
それでも、相棒から勇気をもらった気がする。
「俊春、かれはおまえの気持ちを理解している。おまえ以上に、おまえの気持ちをわかっている。話してくれたよ。子どものころにあったことをね。かれは、おまえを傷つけたとを気に病んでいた。だけど、同時に自分の中ですべてがかわったともいっていた。だからこそ、自分の本当の気持ちを隠し、ごまかさねばならなかった。かれは、怖れていたんだ。おまえに溺れてしまうことを。おまえたちは、二人とも苦しんで苦しみまくっていたんだな」
それがどれだけ苦しいものなのか、おれには到底わかるわけがない。
だが、うらやましい気がしないでもない。
親族や仲間にたいする愛以外で、これほど愛し愛される人の存在があるのだ。
だからこそ、俊冬の死に責任を感じないわけにはいかない。死亡エンドなんて迎えさせたくはなかった。
拒まれようと怖がらせようとかまわない。いまの俊春には、言葉だけではなく人間のぬくもりが必要なはずだ。
だから、かれの瞳をみつめたまま間を詰めた。これ以上なにもかんがえずに両腕を伸ばしてかれを抱き、胸元に引き寄せた。
ドキドキが半端ない。
が、かれは意外にも胸におさまった。
「ごめんな。おまえから俊冬を奪ってしまった。ごめんな」
謝罪を口にした瞬間、ぶわっと涙があふれてどばっと流れ落ちはじめた。そうなると、涙をとめることなどできるはずもない。
「ごめんな。こめんな」
号泣しながらいえるのは、その一語だけである。
この光景をみた者は、あきらかひくだろう。
「俊春、おまえはよくがんばってくれた。すべてが終わった。もういい。我慢する必要はない。強がる必要もない。だから、もう泣いていいんだ。感情を殺さなくっていい。思いっきり泣けよ」
耳のきこえないかれにささやいても、その声が届くことはない。だが、心で感じてくれるだろう。どうせダダもれなんだし。
俊冬が死んで、かれはかれなりに耐えていたにちがいない。それでなくっても、人一倍泣き虫なのである。
どれだけ泣き叫びたかったことか……。
その気持ちは想像に難くない。
それなのに、かれは一滴の涙を流すことなくすべてをやり抜き、終えた。
おれたちなりの決着をつけるまで。あるいは、新撰組の終焉をむかえるまで。
「俊春、おれのダダもれの心を感じているんだろう?わかっているだろう?俊冬も、もうおまえが泣いたって文句をいわないさ」
号泣しながら言葉を紡ぐ。いや、心の中で語りかけてゆく。
すると、かれがしがみついてきた。
かれは、声をださずに泣きはじめた。
全身全霊という言葉を、これほど感じたことはない。
俊春の泣き方は、まさしく全身全霊の泣き方である。
そのとき、涙でぼわぼわしている双眸の隅に、相棒の狼面が横を向いたのが映った。ほぼ同時に、軍靴と軍服のズボンがみえた。
俊春を抱きしめつつ、なんとか視線を上げてみた。
涙まみれの瞳ではよくみえないが、頭にあたる部分が包帯に覆われている。
副長?
船室で疲れて眠っているであろう副長が、甲板に上がってきたというのであろうか?
副長は、脇目もふらずにこちらにやってくる。そして、ずかずかと懐を脅かしまくってきた。
副長の存在に気がついているであろう俊春も、いまは副長にかかずらっている余裕はないらしい。
それにしても、副長は半面を包帯でぐるぐる巻きにしていてでさえ、イケメンである。
『るろう○剣心』の「志◯雄真実」のように、顔面包帯ぐるぐる巻きにしたとしても、イケメンにかわりはないのである。
泣きながらそんなことをかんがえていると、急に体が重くなった。
「俊春?おい、どうした?」
俊春が、華奢な体を思いっきりこちらにあずけてきているのである。
ってか、倒れこんできているではないか。
「おいっ、俊春?」
副長もそうと気がついたらしい。
二人して慌てた。頭の中がぶっ飛んで真っ白になった。
おそらく、副長もおなじだろう。
いまや俊春の全体重がおれにかかっている。
その軽さに驚きを禁じ得ない。
そんなことはどうでもいい。
俊春まで?まさか、俊春まで死んでしまうのか?
冗談じゃない。
完璧、パニック状態である。
頭と心の中が真っ白すぎて、もうどうしていいのかわからない。




