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別れ

 それぞれのゆく先は決まった。


 時間がない。


 おれたちは箱館湾に、島田たちは弁天台場に、安富と立川は五稜郭に戻らねばならない。


 この場にいる全員が、この戦には生き残ることがわかっている。


 頭ではわかっている。だが、それがイコールまた会えるというわけではない。

 再会できるとはかぎらないのである。


 みんなとは、ハグをして別れた。


 島田の殺人的ハグで、もうすこしで昇天するところだったけれど。


 俊冬ではないが、泣くより笑って別れたい。


 みんな、無理矢理笑顔をつくって別れた。


 そして薩摩藩の軍服に着替え、箱館湾へ向かった。


 市村と田村は眠そうである。かれらも背丈だけは立派に成長している。

 黒田が準備してくれた兵卒用の軍服は、袖も裾も短かった。


 それを目の当たりにした瞬間、俊春と二人で密かに視線を合わせて舌打ちをしてしまった。


 副長と俊春が士官服で、蟻通と伊庭と野村と沢と久吉とおれは兵卒用の軍服に身を包んだ。


 副長だけ、左半面に包帯を巻いた。


 新撰組の「鬼の副長」のイケメンは、有名である。だれもかれもが知っているわけではないが、いい意味でも悪い意味でも目立ちまくるこのイケメンを、知っている者がいるかもしれない。


 包帯一つで偽装できるのである。まぁ、簡単であるといえばそうなのかもしれないが。


 もっと手っ取り早いのは、俊春が一度か二度イケメンにグーパンチを喰らわせることである。


 そうすれば、包帯を巻く手間がはぶけるっていうものだ。



 会話もなく、足音も立てない。まるで盗賊団のように木々の間や家屋の間をすり抜けてゆく。


「副長。ちょっと寄ってから、箱館湾に様子をみに先行します。首尾よくいきそうなら、兼定兄さんに知らせにいってもらいます。ここからはゆっくり進んでいただけますか?」


 俊春は、一本木関門のある方角へちらりと視線を向けた。


 おれたちが弁天台場にいっている間に、副長たちは危険を冒し、箱館湾が一望できる場所に俊冬の頸を埋めたらしい。


 一本木関門のすぐ近くで、俊冬が死ぬ前日に俊春が箱館湾を眺めていた場所である。


 俊春が『ちょっと寄ってから』というのは、俊冬に別れを告げるためであろう。


 一瞬、いっしょにいって別れを告げたくなった。


 が、俊春も相棒と二人・・きりのほうがいいだろう。


 あきらめることにした。


「ああ。いってやれ」


 副長もそのことに気がついたらしい。言葉すくなめにそういった。


 俊春は、ドロンと消えるまえにおれと視線を合わせてきた。それから、口の形だけで「ありがとう」を伝えてきた。


 かれが消えた後、おれたちはあるきはじめた。


 

 相棒が戻って来たときには、すでに敵の陣地に入っていた。


 勝敗は、決しているようなものである。まだ戦闘は繰り広げるとはいうものの、どの将兵も上機嫌で酒を吞んでいたりふざけていたりしている。


 相棒が先頭に立ち、係留している薩摩藩の船に向かった。


 軍艦ではない。もとは商船なのだろう。蒸気船で、丸に十文字、つまり島津家の家紋の入っている旗が夜風にはためいている。


 この船で、傷病人を運ぶらしい。


 立ってみていると、つぎからつぎへと傷病人が運び込まれていく。


 そのとき、俊春が一人の青年を伴ってきた。小柄ではあるが、ずいぶんとイケメンで海軍の士官服を着用している。


 その青年がだれであるか、おれはウィキのかれの写真をみているからすぐにわかった。


「薩摩藩ん春日丸に乗船しちょっ東郷平八郎とうごうへいはちろうちゅう。黒田さぁから、大切なお方たちじゃときいちょっ。狭か船じゃっどん、どうかっつれで船旅を楽しみたもんせ」


 やはり……。


 後に「海の東郷」とか「東のネルソン」と呼ばれることになる、海軍大将東郷平八郎である。


「東郷さんは、傷病人を運ぶ指揮を任されているそうです」


 俊春はそう説明してくれた。


 ってか、東郷は「宮古湾海戦」では春日丸に乗船していたはずだ。おれたちは兎も角、俊春のことはみたのではないだろうか。


 俊春は、「宮古湾海戦」で死ぬことになっていた野村の影武者となり、「青年の主張」をしまくっておおいに戦場をわかせ、笑いをとりまくったのである。


「東郷さんは、あの宮古湾の戦闘にも参加されていたそうです」


 おれの心をよんだのであろう。俊春がいった。


「宮古湾では、機関部におった。わっぜおもしてか戦いだときいた。甲板でみるこっが出来んやったとが残念でなりもはん」


 東郷が口惜しそうにいった。


 なるほど……。


 かれは「宮古湾海戦」では機関部にいて、甲板にはいなかった。だから、例の「青年の主張」はきいておらず、したがって俊春の姿もみていないわけだ。


「それは残念でしたね。だれもが面白い一戦だった、と話をしています」


 しれっという俊春。


 おいおい、面白いの意味がちがうだろう?って、ツッコみたくなった。


 そのあと、俊春はおれたちのことを東郷に紹介してくれた。


 出来る男である俊春は、副長のことを「佐藤さとう」と実のお姉さんの姓で紹介した。それから、伊庭のことはかぎりなく「いだ」ときこえるようにいった。ついでに、野村のことは、「外国人商人の使用人ジョン」と大嘘をこいた。


「宮古湾海戦」の「青年の主張」であれだけ「英雄の野村利三郎」を連呼しまくったのである。野村とはいえないだろう。


 もっとも、野村はめずらしい名前ではない。名乗ったところで、あの「たたぬ野村利三郎」であると見破ることはかなりの高確率で難しい。


 外国人商人の使用人っていうよりかは、よほど無難かと思うのだが。


「佐藤どん、傷は大丈夫やろうか?」


 東郷は、副長の偽装の傷を気遣っている。


 なんていい人なんだ。


 いまのかれは、言葉は悪いが華奢な超イケメンってだけである。


 とてもではないが、日本の戦史だけでなく世界の戦史においても超有名な英雄になる片鱗などどこにもない。


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