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俊冬と俊春の初期設定

「榎本総裁。もしも京にくるようなことがあっても、わたしはけっして会いませんので。そのテカッテカの髪と髭を、もう二度とみたくありませんからね」


 島田が忠告をした。


 榎本は、きっと「!?」ってなっているだろう。


 それから、島田と相棒と三人・・で榎本の執務室を去った。


「俊冬、俊春はちゃんと榎本総裁と大鳥陸軍奉行をびびらせたぞ。でも、プーはもらさなかったかも。におってこなかったから」


 島田と相棒と肩を並べて廊下をあるきつつ、胸元の頸に語りかけた。


「あれだけびびらせてやったんだ。今宵のところは、あれで勘弁してやろう。なっ、俊冬?」


 島田も相棒も俊冬・・をみている。


 それから、俊春とおれは弁天台場へと急いだ。




 俊冬の頸は、島田と相棒に託した。


 潜伏している副長に届けてもらうのである。


 そして、二人・・はそのまま副長のもとにいることになっている。


 島田は、本来なら弁天台場で籠城した後に降伏するはずである。が、そこで降伏してしまえばそのまま敵の監視下に置かれてしまう。そうなれば、副長に会えなくなる。


 だったら、最初から行かない方がいい。


 中島と尾関も同様である。かれらもまた、副長と最後のひとときをすごしたいと思うのは当然である。


 ちなみに、尾形はもともと蝦夷にはこなかったことになっている。




 弁天台場では、一方的にやられまくった。


 副長の戦死を伝えると、隊士たち全員のテンションが下がってしまった。つまり、戦う気力をなくしてしまった。


 俊春はそんなおれたちを護りつつ、あいかわらず敵を翻弄しまくった。が、それもほんの束の間のことである。


 副長が戦死した二日後、俊春は敵の使者を連れてきた。


 そのころには、おれたちは史実通りほぼ籠城状態である。


 箱館奉行であり弁天台場の指揮官である永井は、悔し涙をにじませつつ降伏を決意した。


 俊春は、「榎本総裁も降伏に傾いています。ゆえに、これ以上の戦いは無意味です」とかれらを説いたのである。


 そして、弁天台場が降伏をする今日、おれが新撰組最後の局長に昇進した。


 なんと、お犬様の散歩係からの大出世である。


 見事なまでの快進撃、華麗なる飛躍、だれもがうらやむ大成功である。


 ただ、それも数時間の間である。


 しかも、この大出世のために島流しにあうのだ。


 つまり、貧乏くじってわけである。


 おれが局長になることは、だれも反対をしなかった。


 みんな、新撰組最後の局長の末路を知っているからである。


 正直、うれしくもなんともない。


 それから、桑名藩士で新撰組に移ってからは隊士たちの面倒をみてくれている森常吉もりつねきちに、事情を説明した。


 まず、俊春とおれの正体を明かした。


「この戦が終わった後、あなたは桑名少将を助けるために全責任をひっかぶって切腹するのです」


 簡潔にそう伝えた。


 森は、しばし瞑目していた。が、瞼を開けると俊春とおれににっこり笑った。


「かたじけない。それがわかっただけで充分だ」


 かれはいった。


「すでに覚悟はできている。そうするつもりであったからな。あるじは助かるのだ。安堵した」


 かれのそのさわやかな笑みが、胸をえぐってくれる。


 かれを助けることはできない。桑名少将の生命いのちを助けるためには、だれかが文字通り詰め腹を切らねばならない。かれが切腹しなければ、ほかのだれかがすることになる。


「二人とも、かような表情かおをするな」


 森は俊春とおれの肩を音がするほど叩くと、みんなのところに戻って行った。


 またしても無力さに苛まれてしまった。


 苛まれつつ、降伏目前の弁天台場から逃げだした。


 副長たちは、五稜郭からそれほど遠くない北東の林にある放棄された狩猟小屋に潜んでいる。

 

 俊冬と俊春が使っていた小屋である。


 俊春が先に立って道なき道を進んでいく。周囲は暗く、頭上を見上げると枝葉の間から月と星々がみえる。


 弁天台場からずっと会話がない。


 おれ自身そんな気にならないっていうこともあるが、俊春にいたってはおれ以上にそんな気がしないのだろう。


 華奢な背中をみていると、悲哀に満ちまくっている。


 また無性に泣きたくなってきた。涙が勝手にあふれてくる。


 相貌かおを左右に振り、気を取り直そうとした。


「なあ、俊春。出会ったとき、双子っていってたよな。いまさらだけど、どうしてそんな設定にしたんだ?」


 これ以上の沈黙に耐えられそうにない。だから、ふと思いついたことを尋ねてみた。


「ほんと、いまさらだよね」


 すると、かれは振り返ることなく返してきた。


 元気のない声で、である。


「でも、ぼくもかれに前日に尋ねてしまったよ」


 前日……。


 俊冬が死ぬ前日、というわけか。


「かれは、ドラマチックな設定にしたかったらしい。正直、ぶっ飛んだよ。ぼくらの設定については、とくに取り決めとか打ち合わせとかしたわけじゃなかったんだけどね。ぼくは、「必○仕事人」みたいに裏稼業に従事しているって感じにするって思いこんでいたんだ。それなのに、二卵性双生児で御庭番に公儀隠密?しかも指がない理由が、子どものときにぼくが凶刃を振るって、その力を怖れた父親に斬り落とされた?それ以前に、柳生家のってところもツッコミどころ満載だった。まぁそこは百歩譲っても、あとの設定はいくらなんでもドラマチックすぎだったよね」


 俊春は、あるく速度をゆるめることはない。かれがちいさく笑ったのを感じた。


「現代にいたとき、ぼくは仕事の合間にWifiの環境さえあれば時代劇やそういう系のコミックやアニメを「YouTube」でみていたんだ。かれはそれを、いつも呆れ返っていた。それなのに、じつは自分もはまっていたんじゃないか」


 かれは、またちいさく笑った。


「そうか……。だが、あいつらしい設定だ。途中から、双子ってところは疑わしく思っていたけど、それ以外はすっかり信じてしまっていたからな」

「うん。ほんと、かれらしいよ。ほんとうにかれらしい……」


 俊春は、それっきり口を閉ざしてしまった。

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