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俊冬の死

 俊春の気持ちを推し量ることはできない。


 その悲しみは、おれたち全員のそれを足してもまだ足りないだろうから。


「俊春、おまえは強い子だ。おれの願いをきき、かなえてくれる。おまえは、おれよりもずっとずっと強くてかしこい。ずっとずっと優秀だ。剣や格闘術や暗殺術、どれをとってもおまえの方がずっと上だ。射撃だって、そうだろう?それなのにいつだっておれに気をつかい、おれを立ててくれた」


 俊冬は、みえていないであろう双眸を俊春に向けた。


 俊冬を抱きかかえる俊春も、満身創痍である。それこそ、フツーの人なら死んでいてもおかしくない傷を幾つも負っている。


「ううん、きみの方がぼくよりすごいよ」


 俊春は、それだけしかいえなかったらしい。

 ぐっと唇をかみしめている。それこそ、唇から血が流れ落ちそうなほど。


 島田も安富も蟻通も中島も尾関も尾形も野村も立川も沢も久吉も市村も田村も、それから伊庭も泣かずに笑って見送ろうと努力はしている。


 しかし、この場にいるだれがそんなこと出来るというのか?


 そして、副長とおれも……。


 お馬さんたちも悲し気にみている。


 相棒が、俊冬の副長似の相貌かおに鼻先をおしつけた。

 俊冬は、もうそれを感じることもできないらしい。


「ごめんな、ハジメ君。すみません、副長」


 ほとんどきこえなかったが、たしかにそうきこえた。


 謝るのは、おれのほうだ。


 おれのほうなんだよ、俊冬。


「俊春、護ってやれなくてごめんな。約束を破ってごめんな」

「きみは、ちゃんと約束を護ってくれたよ。子どものころ約束してくれてからずっと、きみはぼくを護ってくれた。きみがいなければ、ぼくは……」


 俊春は、これ以上言葉をつづけることができなかった。


 俊冬の副長激似の相貌かおに、うれしそうな笑みが浮かんだ。


 苦しみもつらさもなにもない、心からうれしそうな笑みが……。


 最期の力をふりしぼるかのように、伸ばされた血まみれの掌。それが、俊春の頬をやさしくなでた。


「出会えてよかった。おまえと、ミスター・ソウマやハジメ君、副長やみんなと……」


 俊春は、それを聴覚ではなく心できいている。


 そして、俊冬は口の形だけで俊春になにかを伝えた。


 俊春の頬をなでる血まみれの掌が力を失い、落下した。


「I love you more.」


 その瞬間、俊春がつぶやきながら俊冬を力いっぱい抱きしめた。


 俊春の隣にいるおれには、俊冬が力を振りしぼって俊春に口の形だけで伝えた最期の言葉がはっきりとわかった。


『I love you.』


 かれは自分自身の本当の気持ちを、俊春に最期の最期に伝えたのである。


 その一文は、愛を伝えるフレーズとして一般的である。


 だが、おれにとってはどんな名優やロマンチックな男性がささやくよりも、ずっとずっと純粋で想いがこもっていたように感じられた。


 俊冬が死んだ。


 かけがえのない親友が死んでしまった。


 みなが静かに涙を流す中、相棒が遠吠えをはじめた。すると、それに呼応し、どこにいるかもわからぬ蝦夷狼たちの遠吠えがきこえはじめた。


 数えきれない遠吠えが、蝦夷の大地を、蝦夷の空を席巻する。


 その悲哀に満ちた無数の遠吠えもまた、一生忘れることはないだろう。



 俊春はだれよりもへこむはずなのに、だれよりも毅然としてしっかりしていた。


 副長でさえぼーっとしている中、かれは俊冬の頸を斬り落としたのである。


 現代に説がある通り、俊冬の、いや土方歳三の遺体は、五稜郭に運び込んだ。そこの土饅頭にほかの戦死者たちとともに埋葬した。


 とりあえず、おれは弁天台場にいかなければならない。


 そこで終戦をむかえるというよりかは、そうするよう箱館奉行の永井や新撰組の隊士たちに伝えにいくのである。


 そして、副長の戦死のことも。


 すでにその凶報は伝わっているかもしれない。だが、直接語りたい。


 そのまえに、俊春が榎本らに会いにいくという。


 副長のことは、島田や伊庭や野村、それから相棒に任せることにした。おれたちが弁天台場から戻ってきて合流するまで、隠れてもらうことにした。


 とりあえず、史実通りの流れにそいたい。


 おっと、おれが新撰組の局長になることも忘れてはならない。


 一応、そういう史実だからである。


 俊春についてゆくことにした。


 そして、おれたちは五稜郭の榎本の部屋へ赴いた。

 

 島田と相棒もいっしょである。


 安富らもきたがった。しかし大勢で訪問しようものなら、とらえようによっては「新撰組謀反の図」みたいになるかもしれない。


 だから、島田と相棒とおれの三人・・だけついてゆくことになった。


 俊春は、俊冬の頸をありったけの布で巻いた。それこそ、シャツや軍服の上着やズボンといったものまで使った。


 それでも血で真っ赤になっている。


 それを掌にぶら下げている姿は、コンビニで買い物した帰りみたいにみえてしまう。


 俊春は、それほど飄々としている。


 あきらかに無理をしている。それがわかるだけに、みていてつらくなる。


 榎本がつかっている部屋のドアをノックすると、「どうぞ」と返答がかえってきた。


 島田とおれが先に入室し、俊春と相棒がつづく。

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