予行練習
副長は、俊冬の頭部を抱きしめている。そしておれは、俊冬の体にしがみついている。
そのとき、肩のあたりをだれかに叩かれた。
俊冬の体にしがみつくとか触れたいからとか、場所を譲れという合図なのかと思った。
て思っていると、また叩かれた。
「……、まだ、まだ、まだ、死んで……」
くぐもった声が、耳に飛び込んで来た。
「ま、まだ死んでいません……」
えっ?
いま、たしか副長の胸辺りから声がきこえたよな?つまり、副長が抱きしめている胸の辺りから……?
そちらをみた瞬間、肩を叩こうとしている血まみれの掌が目に入った。その手の先は、なんと俊冬の胴へとつづいている。
はやい話が、おれの肩は俊冬の掌に叩かれていたのである。
「ぎええええええっ!」
「ひいいいいいいっ!」
そうと理解した瞬間、悲鳴を上げてしまった。腰を抜かすほど驚きつつ、尻を地面につけたまま後ろ手で下がってしまった。
副長も同様である。
ゆえに、俊冬の上半身を支える者がいなくなり、かれは地面に落下していって……。
その瞬間、俊春が腕を伸ばして俊冬を受け止めた。
「まだ死んでいません」
「ひえっ」
「うわっ」
「うおっ」
死んだはずの俊冬の口から、「死んでいません」宣言が飛びだした。
その瞬間、だれもが悲鳴を上げた。
ドキドキが止まらない。
副長をみてみた。
オカルトやホラー系がNGな副長は、おれよりも悲惨な状態になっている。ブルブルと震え、イケメンも俊冬より真っ白になってしまっている。
お馬さんたちが、うしろで鼻を鳴らしている。すぐちかくで、相棒もまた呆れたように『ふふふんっ』と鼻を鳴らしている。
「本番のまえに、ちょっと練習をしてみただけです」
死んだはずの当人は、しれっと告白した。
「なななな、なんだっていうんだ?」
「怖すぎだろうっ!」
「し、心の臓が……」
「驚きすぎて、どきどきしておる」
「愛するお馬さんたちよ、大丈夫か?」
「怖かったよー」
「オウッゴッド!」
副長とおれにつづき、伊庭、中島、安富、田村、野村が俊冬のおちゃめなイタズラ、もとい悪質きわまりない嫌がらせのことについて、率直に感想を述べた。
田村など、わんわん泣いている。
副長も、泣き叫びたいであろう。
副長は、めっちゃビビっているにちがいない。それこそ、ピーだけでなくプーももらしたかもしれない。
「主計っ、この野郎っ!そんなわけがあるかっ」
副長はソッコーで否定したが、どうだろうか。
真実は、神と副長のみぞ知るってやつだ。
それにしても、まるで昭和時代のコント展開である。
ふざけすぎだろう?
だけど、俊冬らしい。
なにせかれは、「わが道爆走王」だから。
「俊冬、きみを見送ってくれようという人たちをショック死させる気?それとも、文字通り生命を賭けたギャグなわけ?それだったら、ハジメ君の唯一の取り柄を完璧に凌駕したね」
まだドキドキがおさまらない中、俊春がクスクス笑いながらいった。
想像の斜め上をいきまくる俊冬のおふざけに、さすがの俊春も笑うしかないのであろう。
ってか、いまのが笑いをとるためだったのなら、大成功だ。
かなり口惜しい。
「きみ、そういうキャラだっけ?」
俊春は、俊冬を抱きしめつつクスクス笑いつづけている。
おれもびびりまくった自分が恥ずかしくなり、っていうかそれをごまかすために笑った。
副長も同様に、照れ笑いをしている。
またしても笑いが伝染する。
「そう、その調子。笑ってくれなきゃってやつだ。湿っぽいのはきらいだ。どうせなら、笑いながら別れたい」
俊冬の咳き込みながらの言葉に、笑い声がやんだ。
「俊冬、わかっている。みんな、笑っているよ。ほら、ぼくも笑っているだろう?」
俊春はそういったが、もうだれも笑ってはいない。俊春だけが、かなり無理をして笑顔で俊冬を抱きしめている。
「そうじゃなきゃ。ははっ!笑ってくれなきゃ、がんばった甲斐がない」
俊冬は、もう目もよくみえていないらしい。そして、耳もよくきこえていないにちがいない。
おれたちが笑っておらず、泣いていることに気がついていないのだ。
「きみはよくがんばったよ。でも、もうがんばらなくってもいい。もういいんだ。ぼくのお守りで疲れただろう?ぼくは大丈夫。きみの分まで生きてみる。生きられるところまで生きてみるから」
俊春は、しっかりとした静かな口調で俊冬に語りかけている。
その様子が、いじらしすぎてよりいっそう涙を誘発する。
「ああ、ああ。お守りで、おまえのお守りで疲れたよ。でも、悪くない。悪くなかった」
「俊冬っ、きついことをいってごめんな」
両膝に石が喰いこむのもかまわず、両膝立ちで二人ににじり寄って謝った。
かれに、ずいぶんとひどいことをいってしまった。




