「関の孫六」
「そうだ。「関の孫六」のことを忘れるところだった。副長、形見としてつかってもらえませんか?」
俊冬は、急に神をも畏れぬことをいいだした。
急に意識が朦朧としはじめたのであろう。錯乱でも起こしたらしい。
「「関の孫六」は、主計の親父さんの形見みたいなものなのであろう?大剣豪だという主計の親父さんの形見だ。かような大剣豪とおまえの想いがこもった刀を、おれがつかう?おいおい、勘弁してくれよ。これ以上強くなってどうするっていうんだ」
副長はかすり傷一つ負っていないというのに、意識が朦朧としている上に錯乱しているらしい。
神や仏をぶん殴るようなことを、抜け抜けといった。
「「関の孫六」を土方さんに?やめておけ、俊冬。それであれば、この蟻に譲ってやれ」
そのとき、蟻通が地面から蟻をつまんで差しだしてきた。
さすがは蟻通。蟻つながりのギャグをかましてきた。
ってか、ここに蟻がいる?
この「一本木関門」の戦で、多くの蟻さんが人間に踏んづけられて昇天してしまったかもしれない。
ってか、『猫に小判』ならぬ蟻に日本刀?
似合わなさすぎっていう以前に、ぜったいにつかえないだろう。
しょせん副長の剣術のレベルは、それ以下のものなのである。
「なんだと、勘吾っ!」
「と、主計が申しておる」
「主計、この野郎っ!」
ああ、やはりこの展開か。
こんなマジなシーンでも、蟻通のマイブームはおれにたいして容赦がない。
「勘吾さん、ちがいます」
そのとき、伊庭がダメだしをした。
「歳さんの引き合いに蟻をだすなんて、蟻に無礼すぎます。そもそも、どれだけの業物で、たとえ多くの大剣豪たちの魂や想いがこもっていようと、歳さんの場合は正眼の構えすら矯正することはできません」
ちょっ……。
伊庭が、突然暴言を吐きはじめた。
「八郎っ、なにをいいだすんだ?」
「と、主計が申しています」
「主計っ、てめぇっ」
「はい?って八郎さん、八郎さんまでなにをいいだすんです?」
最近の伊庭は、おれをいじってくる。
かれは、とうとう新撰組に染まってしまったのかもしれない。
って、最後の砦の伊庭にまでいじられまくるってどうよって声を大にしていいたい。
「主計、愛だよ。ひとえに、きみへの愛だ」
「はぁ……」
伊庭から愛している宣言をされてしまった。
しかし、素直によろこんでいいのだろうか。
「ヒューヒュー。熱いね」
俊冬がからかってきた。
「副長。というわけで、このさき刀は持てなくなります。床の間に飾ってください。生活に苦しくなったら、質にだして生活費の足しにできますし」
さすがは「わが道爆走王」である。
副長に譲るのは、最初から副長がつかわないという前提らしい。
しかも、現実味あふれる提案まで提示したではないか。
「わかった。ありがたく譲ってもらう。おまえのいう通りにさせてもらおう」
副長は神妙に答えたが、『そうさせてもらおう』というのがどこの部分にたいしてのことかはわからない。
わかりたくもない。
「関の孫六」は、親父が知り合いに頼んで入手した本物である。現代だと、その価値がどのくらいするのかは想像もできないが、かなり高価な買い物であったことは間違いない。
床の間に飾って鑑賞するというならまだしも、生活費の足しにする?
親父は泣くぞ。
沢が鞘に納めた「関の孫六」を副長に差しだした。
ど厚かましい副長は、それを受け取り「土方歳三」のあたらしい佩刀として満足そうにみている。
「主計っ!まずはおまえが一番に斬られたいらしいな」
そして、またしても副長のパワハラである。
これもまた、いつも通りである。
「さよならだけど、さよならはいいたくないな」
そんなコントは、「わが道爆走王」の突然のシリアス展開で終わりを告げた。
「おいっ、俊冬?」
「俊冬っ」
「たま先生っ!」
突然の容態の変化に、全員がかれの名を呼んだ。
「本当に、本当にここにきてよかっ……」
ささやきよりもちいさく、ほとんどきこえなかった。耳をすましていると、おれの掌からかれの掌が滑り落ちた。
「俊冬っ」
「たま先生っ」
全員が声をかぎりに叫んだ。
それこそ、箱館山や箱館湾まで響き渡ったかもしれない。
「俊冬っ、くそったれ」
副長は、この期におよんでまだかれを「くそったれ」呼ばわりしている。
みんなが叫び、すがりついた。
これでもかというほど涙がでてくる。
「俊冬っ」
もう何十回呼んだだろう。
動かなくなった、かれだった遺体にすがりつき、泣きじゃくっている。
「死にやがって。死にやがって、この野郎っ。許すものか。殺してやりたいよ」
副長のツッコミどころ満載の悲痛な叫びも、いまはよりいっそう涙を誘う。




