笑ってくれよ
「島田先生、あなたは生き残るのです。いまのまま思いやりのある方でいらっしゃってください。ただし、甘いものは喰いすぎると体によくありません。どうかそこそこにされてください」
「ああ、そうする」
「蟻通先生。あなたは、素性を隠さねばなりません。それでも、あなたの才覚ならばどんなことでもやって人生を謳歌できるはずです」
「ああ、そうだな」
「中島先生……」
そこからが苦行である。
俊冬は、一人一人に言葉を伝えはじめた。
なにせ人数が多い。立っている者は、胡坐をかきはじめた。
こうなれば、小中学校の校長先生よりひどい。
しかも、この場にいない永倉や原田や斎藤、はては丹波にいる沖田や藤堂や山崎たちにまで贈りはじめた。
全員が、状況が状況なだけに我慢強くきいている。だが、ますます死のうとしているふり感が半端なくなってきている。
そして、俊冬がお馬さんたちにまで言葉を贈りはじめたとき、耐えきれなくなったのか俊春がツッコんだ。
「もう充分だよ。みんな、せっかくきみを送る気満々なのに、テンションだだ下がりだし」
ぶっ飛びそうになった。
まあ、たしかに俊春のいう通りではあるのだが……。
「そうなのか?お馬さんたちにも別れの言葉を伝えないと失礼じゃないか。ねぇ、安富先生?」
「さよう。ほら、「竹殿」、「梅ちゃん」」
ちょっ……。
安富がお馬さんたちを、死にゆく人間にちかづけるという暴挙にでた。
「いいかげんにしやがれっ」
でっ結局、副長がキレた。
「って、ハジメ君がみんなに別れの言葉を伝えるよう勧めるので」
「おいっ、またおれのせいか?」
俊冬はこの期におよび、またしてもおれを陥れた。
市村と田村がクスクス笑いはじめた。当然、それは伝染する。
副長もおれも笑った。ボケまくっている俊冬本人も笑っている。
が、俊春だけはふてくされている。
「なあ、おまえも笑えよ」
俊冬は、おれが握っていない方の掌を伸ばそうとした。
が、腹の上で指がわずかに動いただけである。
「笑えるものかっ!」
その悲痛なまでの叫び声が、全員の笑い声をピタリと止めた。
「おまえに一番笑ってほしいんだがな」
「だったら、だったら、こんなことしなきゃよかったんだ」
両拳を握りしめ、悲痛な訴えがつづく。
「おまえには、そんな表情は似合わない。笑顔こそが、おまえには一番よく似合っている。だから、せめて笑顔でいてくれよ」
俊冬は、気弱な笑みを浮かべた。
さきほどまでとはうってかわり、息がつづかないらしい。かすかにぜいぜいときこえてくる。
「だったら、なぜ?わかっているだろう?きみが死んだらぼくがどうなるかくらい、きみが一番わかっていることじゃないか」
俊春は、必死に泣くまいとしている。
俊冬にたいして怒りをぶつけることで、悲しみをかろうじておさえこんでいる。
「きみは、自分勝手すぎる。ぼくは多くを望まない。多くを望んではいない。きみに側にいてほしい。ただそれだけなのに……」
俊春は、怒鳴ったり叫んだりしているわけではない。怒りと表現したものの、正確には怒りというよりかは口惜しさや無念さからきているものなのだろう。
俊春は、はやい話が俊冬にたいしてと自分自身にたいして腹を立てているにちがいない。
俊春の訴えをききながら、かれもまた俊冬を好きなんだ、いや、愛しているのだとつくづく思い知らされた。
「もう一度いう。きみは、自分勝手すぎる。自分自身のことしかかんがえていないんだ。副長やハジメ君やみんなのことなど、かんがえてやしないんだ」
俊冬がだまっていると、俊春はつづける。
「わかっている。おまえのいう通りだ。すまない。ああ、おれはエゴのかたまりだ。おまえや副長やハジメ君やみんなのことを、みんなのことをかんがえやしなかった」
ややあって、俊冬はちいさく咳き込んでからつぶやくようにいった。
「許してくれとはいわない。おれには、これが最善の方法だった。こういう結末しかかんがえられなかったんだ」
俊冬が俊春に謝罪をするも、俊春は唇をかたくひき結んだまま反応しない。
「ミスター・ソウマや近藤局長に叱られるだろうな……。そうか、いく場所がちがうか」
俊冬は俊春を納得させることを諦めたのか、まったくちがうことをつぶやいた。
そして、かれは苦笑した。
それにしても、いまの『いく場所がちがう』って?
ああ、そうか。俊冬は異世界にいくのか。
異世界転生ってやつだ。
もともと、かれも俊春も異世界からやってきたキャラみたいなものである。異世界に戻るといった方がいいかもしれない。
「ちがうよ、ハジメ君。ミスター・ソウマや近藤局長は天国。おれは地獄に堕ちるっていう意味だよ」
俊冬にツッコまれてしまった。
「お願いだから、そろそろ逝かせてほしいんだけど」
「いや、おまえがボケるからやろ?」
俊冬は、あまりにもボケすぎである。思わず、ツッコみ返してしまった。
「じゃあ、もうなにもかんがえないでくれ。思わないでくれ」
「わかったから」
まったく。俊冬は、こんなときまで注文がおおすぎる。
「意外と悪くない人生だった。ここにきてよかった。遺伝子上の父親や素晴らしい仲間たち。それから、大恩人であるミスター・ソウマの息子とはとうてい思えない、へっぽこなお笑い芸人に出会えたから」
俊冬がささやいた。
ダメだ。
ツッコミどころ満載すぎる。
これ以上、耐えられそうにない。




