近藤局長の厳命
「近藤局長は、厳密には『この後、歳は自身の死を目標にするであろう。だが、かようなことはくだらぬ目標だ。いかなる策をつかってもいい。ぜったいに歳を死なせないでくれ。死ですべてを終わらせるのではなく、つぎにつなげられるようにしてほしい。これが、わたしの最期の願いだ』。そうおっしゃいました。こいつとおれは、その厳命にしたがっただけです。そして、近藤局長はあなたに伝言を託されました。『歳、生きよ。生きてさらにでかくて面白いことをせよ。死ぬはずだった総司や平助らとともにな。生き急ぐ必要などない。おまえから話をきくのを、源さんとともに愉しみにしているぞ。おお、そうだ。もう一つある。頼むから、天然理心流の名を汚すようなことはしてくれるな』とおっしゃいました。だから、あなたは生きなければなりません。死んではならないのです」
近藤局長が?
そういえば、板橋の刑場で近藤局長が俊冬と俊春になにかをいっていた。そのときのことを思いだした。
それにしても、近藤局長が天然理心流のことについてまで言葉を遺しているなんて……。
ビミョーすぎる。
副長も、そこはいろんな意味でスルーするに決まっている。
「副長。あなたのことは、井上先生からも託されているのです」
「源さんまで?」
京で戦死した井上源三郎は、近藤局長と副長にとっては兄貴分のような存在である。
かれが敵に撃たれて虫の息だったところを、俊冬がとどめをさした経緯がある。
「この大馬鹿野郎っ!かっちゃんにしろ源さんにしろ、おまえらにも死ぬなといったよな?かっちゃんは、おまえらも生き残れといったよな?おれの身代わりに死ねとは、厳命しなかったよな?」
副長はボロボロと涙を流しながら、両膝の上に抱く俊冬を責めた。
が、俊冬はなにも答えない。
かれが答えないということが、副長の問いを肯定しているようなものである。
「この大馬鹿野郎っ……、大馬鹿野郎がっ」
副長の暴言が、鼻をすすり上げたり嗚咽にまじりあう。
副長の暴言通りである。
俊冬は、マジで大馬鹿野郎だ。
その上、やさしすぎるし不器用すぎる。
身勝手すぎだろうとも思う。
かれは、残される者のことをかんがえてはいない。いや、実際のところはかんがえている。
かれがかんがえていないのは、残される者たちの気持ちである。
俊春の、副長の、おれの、この場にいる全員の気持ちをすこしでもかんがえるならば、けっしてこんな結末にはならなかったはずだ。
撃たれたふりをするだけですんだのだ。
そう。撃たれたふりをすればよかったのだ。
「俊春、連中に「土方歳三の頸」をたたきつけてすごんでおけ。できるな?」
そのタイミングで、俊冬が俊春に命じた。
俊冬は、おれのだだもれの心を感じたのかもしれない。
かれのいう連中とは、榎本や大鳥ら箱館政権で生き残るお偉いさんたちのことにちがいない。
頸は、土方歳三が戦死したという決定的な証拠となる。
この大馬鹿野郎は、そこまでかんがえているわけである。
「わかっている。ちゃんとやるよ」
俊春がぶっきらぼうに答えた。
「ピーをちびらせるほどだぞ」
俊冬は、なにゆえかしつこい。
「だから、わかっているって」
俊春は、うんざりしている。
「なんなら、プーをもらすほどでもいい」
さらに念を押した。しかも、小学生レベルの発言である。
「わかっているって。ピーもプーももらしまくって、黒歴史を刻むほどびびらせまくるから」
俊春がついにキレた。
ってか俊冬、おまえマジで死ぬのか?
かれが本当に死ぬのか、だんだん疑わしくなってきた。
なにせ副長の遺伝子を継いでいる。しかも、三人の中で一番濃くである。
まさか、ドラマチックに盛り上がるための演出ってわけじゃないだろうな?
そう思いはじめた。
俊冬ならやりかねない。
かれなら平気でしそうだ。
それに、いつもだったらギャン泣きしそうな泣き虫わんこの俊春が、ちっとも泣いていないってこともある。
そう思いはじめると、なるほどそんな気になってくる。
おれだけではない。副長もふくめた全員が、「おや?」って表情になった。すると、しだいに涙が止まり、泣き声もやみはじめた。
「なんなら、そのお漏らしをネタに強請ってもいい」
俊冬は、まだつづけるつもりのようだ。
「だから、わかっているっていっているだろう?しつこいな。その話はもういいよ」
「そうか?残念だ」
俊春に叱られ、俊冬はほんのすこし傷ついたようである。
そして、かれは視線を空に向けた。
この間にも、かれの体から血がぽつりぽつりと落ちている。
この血も、鳥かなにかの血にちがいない。
おねぇの影武者をやったときも、かれは豚の腸に鳥の血を詰めて仕込んでいた。
今回も、きっとそうなんだ。
「副長、兼定兄さん。ハジメ君とこいつを頼みます」
さすがは「わが道爆走王」である。唐突に死ぬふりのつづきを再開しはじめた。
「わかったよ。案ずるな。二人とも、おれが責任を持って面倒をみるからよ」
副長がその演出にあわせてきた。
よかった……。
副長は、どうやら死にたいという気持ちを封印してくれたらしい。
すくなくとも、いまは生きようと思ってくれている。
もっとも、これもまた演技なのであれば、話はちがってくるのであるが……。




