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業務連絡

 俊冬と俊春は、ある意味では親父の息子同然である。


 おれのせいで、その片方の俊冬を死なせてしまうことになった。


 それだけではない。


 俊春だって満身創痍以上だし、なによりかれの心を傷つけてしまう結果になった。


 心も頭も、整理するどころか現実を見つめて把握し、向き合うことが難しい。


 気がつけば、俊春がおれと相棒の間で両膝を折り、膝頭を地面につけていた。


 副長の両膝の上で、俊冬の頸がわずかに動いてそちらを向く。


「問題はないか?」

「うん。敵の小隊を蹴散らし、進路を確保した。大野先生たちの背を護りつつ、かれらが弁天台場方面へ向かうのを見届けたよ。土方歳三を撃ったスナイパーには、『土方歳三は貴様のせいで死んだ。かならずや復讐してやる。ゆえに、一生涯背に気をつけよ』と脅しておいた。それから、周囲に人っ子一人いないことを確認した」

「上出来だ」


 まるで日常的におこなっている業務連絡のような二人のやり取りを、この場にいる全員が涙にぬれるを向け、ただ静かに見守っている。


 俊春は手に負えぬほど泣きまくりそうなのに、泣くどころか淡々としている。


「朝陽を沈めたけど、死者はいないと思う」


 俊春かれのさらなる報告も、感情がこもっていない感じがする。


「Good job!」


 俊冬は英語でつぶやくと、満足そうにうなずいた。


 かれの血まみれの掌が俊春に伸びかけた。しかし、そんな力すら残っていないらしい。途中で止まってしまった。


 おれがその掌を、思わず握っていた。


 俊冬のそれは、あいかわらず超絶冷たい。


 かれの体温は、死人より低いのである。


『熱センサーにひっかからないよう、遺伝子操作されているんだ。だから、超絶便利なんだ』


 以前、俊冬はそんなようなことをいっていた。


 おれ的には、とくに冬場なんかはいろんなところが冷えてつらいだろうと思うのだが。


 人類の叡智ともなると、冷え性なんて概念はないのかもしれない。


「うん……」


 俊春は俊冬の『Good job!』にたいしてただその一言だけいい、うつむいてしまった。


「傷は?体は大丈夫か?」


 俊冬は、耳のきこえない俊春の気をひく余裕もないようだ。だから、かれの冷たい掌を俊春の掌にそえてやった。


「よくないよ。だけど、きみよりかはマシさ」

「だろうな。このあと……」

「わかっている。弁天台場にいって、仲間を護る。一人も死なせない。それから、出来うるかぎり蝦夷ここから退避させる」

「できるか?」

「できるか?おかしな質問をしないで。やるんだ。やってみせるさ。任務は完璧にこなしてみせる。ぼくは、きみの命令をしくじったことはない。そうだろう?」

「いい子だ。ああ、そうだ。おまえは、いつもおれの期待以上の成果をあげてくれた」


 俊冬は、そこで口をとざしてしまった。


 血まみれの掌は、力がはいっていないのだろう。俊春のそれにそえられているまま微動だにしない。


 俊春もまた、俊冬の掌を握りしめてやるとかさすってやるとか、なんのリアクションも起こそうとしない。 

 

「その後のことだが……」

「そちらもわかっている」

「副長とハジメ君を、兼定兄さんといっしょに護るんだ。どこか異国にいってな」

「話がちがうじゃないかっ」


 俊春は、急に気色ばんだ。


 俊冬をはさんで向こう側から、副長がこちらに視線を向けてきていることに気がついた。


「俊春が、おれの身代わりになる手はずだったようです」


 だから、事情を説明した。


「敗戦後、おれは島流しにあうことになります。それも数年ののちに赦されるんですが、結局、自殺、もとい自害します。ちなみに、おれってばちゃんと妻を娶るんですよ」


 たぶん、一番最後の部分は必要なかったと思う。


 だけど、そこも重要かなと自分的には判断したので付け加えておいた。


「俊春はおれになりすまし、時期を見計らって自害するつもりなのです」


 ありがたいことに、副長のときのような反応はなかった。


『主計の身代わりなんて、ちゃんちゃらおかしいや』

『主計が死ぬのでいいではないか』

『俊春の方がよほど大切だ。だが、主計は大切じゃない』


 そんなことを言われようものなら、おれのガラスのハートは微粒子レベルに粉砕されてしまっただろう。


 もっとも、いまはもうだれもそんなリアクションを取る余裕がないだけなのかもしれないが。


「ハジメ君の死の真相はよくわかってはいない。どうとでもごまかせる。だから、なり代わる必要はない。どれだけ生きることが出来るかはわからないが、おまえは精一杯生きてみろ」


 俊春は、視線を地面に向けたままなにも答えようとしない。


「副長、申し訳ございません。あなたが死にたがっていることは、理解しています。ですが、おれたちは近藤局長の厳命に逆らうことはできませんした」


 俊冬は、俊春から視線を副長に向けていった。


「くそっ!どうせかっちゃんが、『歳を死なせるな』っていったんだろうが」


 副長は、近藤局長のことをよくわかっているのである。

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