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副長が戦死すれば……

「おまえは馬鹿だ、俊冬」


 副長は熱き抱擁から俊冬を開放し、かれにたいしてもう何千回目かの「馬鹿」発言をした。


「嘘つき」


 すると、俊冬が瞼を開け、苦し気にいってきた。


「何千回も言われていない……」

「俊春とおなじリアクションをするなよっ!」


 俊春にもおなじことをツッコまれ、非難された。


 それほどいいまくった、ということを表現したいだけだったのに……。


「たま先生っ!」

「たま先生っ!」


 そのときである。市村と田村が、副長とおれをぶっ飛ばす勢いで俊冬にすがりついた。


「どうして?どうして副長のかわりに死ななきゃならないの?」

「副長のかわりになんてならなきゃよかったのに」


 二人は、俊冬にすがりついて泣きじゃくっている。


 この場面をみせられた瞬間、まだ涙を流していない者の涙腺が崩壊した。


「副長なんてどうでもよかったんです」

「そうです。副長より、たま先生の方が大切なんです」


 ちょっ……。


 視界が涙で曇っている。


 ってか、曇っていてよかった。


 ってか本人を目の前にし、「副長は死んでもよかったんだ」発言をするか?


「さよう。愛しのお馬さんたちも、副長だったら五稜郭であんなに乗せるのを嫌がらなかったはずだ。それどころか、よろこんで乗せて一本木関門まできたであろう」

「たしかにな。くそっ!もっとはやく、副長が佐野さの家の蔵に閉じ込められていたのを発見できたら……。俊冬はこんな目にあわずに本人が死んだのに」


 ちょっ……。


 安富と蟻通まで、そんなことをいうか?


 いやいや、まてよ。


 わかった。蟻通も安富も市村と田村も、それほど俊冬の死が惜しいってことを表現したいんだな。


 おそらく、であるが。


 そこで、さきほどの蟻通の『佐野』という名をきいて思いだした。


 史実では、副長は大町の佐野専左衛門さのせんざえもんという人物のところにしばらく逗留したことになっている。


 そうか。どういう伝手かは知らないが、俊冬はその佐野家の蔵に副長を閉じ込めたってわけだ。


 相棒がいなければ、とても見つけることはできなかっただろう。


 それは兎も角、いまの副長は、いろんな意味で余裕がない。ゆえに、「副長が死んだらよかったんだ」的発言に気がついていないようである。


「馬鹿なのはわかっているさ。大馬鹿野郎ってこともね」


 そして、この期に及んでも、俊冬の「わが道爆走王」っぷりは健在である。


 唐突に話が戻ってきた。


 ふつうなら、いまのように話が唐突にかわったり飛んだりするのは、意識が混濁しているとかこれだけはいっておきたい、ってことになるんだろう。


 が、かれにかぎっては、それはぜったいに「ないない」っていいきれる。


「それから、くそったれ野郎ってことも……」


 付け足されたささやきは、副長に罵られたことを気にしているらしいことがわかる。


「副長。そもそもかれに『くそったれ野郎』、などと申すべきではありません」


 そのとき、唐突に野村が副長にたいしてダメだしした。


 さすがの野村も、この超絶マジなシーンではまともなんだ。


 そう。板橋での近藤局長の斬首のときとおなじように。


「かれは、亜米利加メリケンで生まれ育ったのです。そんなかれには、『ファックユー』こそがお似合いです」

「そこかいっ!そこちゃうやろ」


 思わずツッコんでいた。


 俊冬が笑いだした。苦し気な笑い方ではあるが、心から笑っている。それにつられ、みんなも笑いだした。


 笑いの伝染は、こんなときにまでしてしまうものなのか。


 笑ったことで体に負担がかかったにちがいない。


 俊冬がちいさく咳き込んだ。


 そこではっとわれに返った。


 そうだ。せめて、傷を……。


 副長に、それを視線で知らせてみた。


 副長も、いまの笑いでようやく落ち着きを取り戻したようである。


 軽くうなずいた。


 俊冬の軍服に掌をかけようとして、俊冬はこの一瞬の為に副長とまったくおなじ軍服を入手したんだ、とどうでもいいことを実感した。


「みなくていい。助からない箇所だ」


 軍服に掌をかけたところで、俊冬が止めた。


 かれのことだ。助からない箇所に狙撃されるよう気を配ったにちがいない。


「だから、このままで。かれらに血や傷をみせたくない」


 かれのいう「かれら」とは、市村と田村のことである。


 が、副長の掌もおれのそれも血まみれだし、いまも血が軍服をじょじょに浸食していっている。さらには、地面にぽつりぽつりと落ちている。


「わかったよ」


 かれの要望にそうことにした。


 いまはもうだれも笑っておらず、またすすり泣きや嗚咽がきこえはじめた。


 かれにピタリと身を寄せている相棒が、狼面を左側に向けた。


 弁天台場のある方向から、俊春がこちらにあるいてくる。


 かれの姿をみた瞬間、たまらない気持ちになった。


 口惜しさ、無力さ、そして、愛おしさ……。


 かれらが親父と出会わなければ、かれらが親父の仇討ちに来日しなければ、あの雨の夜におれが相棒とジョギングに行かなければ、そして、幕末に迷い込まなければ……。


 かれらは、現代で世界中の多くの人々をダークヒーローさながら救っていたはずである。


 いろんなことが悔やまれる。


 親父にも申し訳が立たない。

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