本物の副長 登場!
「大野君っ、きこえるか?ぽちが活路をみいだす。真正面に道ができ次第、できるだけおおくの兵を率いて弁天台場へ向かえ」
俊冬演じる副長のさらなる指示である。
が、この乱戦のさなかである。大野まで指示は届かなかったらしい。
ゆえに沢と久吉とおれとで、まったくおなじ内容を叫びまくった。
すると、大野から了承の怒鳴り声が飛んできた。
そのタイミングで、敵軍が退きはじめた。
俊春の鬼神のごとき暴れっぷりに、敵は怖れをなしたにちがいない。
「いまだ、いけっ!」
俊冬演じる副長の号令で、大野がお馬さんに拍車をかけた。
「動ける者はついてまいれっ!」
大野は、声をかぎりに指示をだす。
動ける歩兵たちが、それに反応して慌てて駆けだした。
その瞬間、胸の中にいる俊冬が、ずるずると地面にずれ落ちていった。
「ああ、くそっ。俊冬っ」
両膝を地につけ、俊冬をその上にのせた。
島田と安富、それから立川が、異変に気がつき駆けつけてきた。
とりあえず、敵は逃げ散ったようである。そして、味方は弁天台場へ向かった。
一本木関門には、おれたち以外はだれもいないはずである。しかし、まだ敵兵が残っていないともかぎらない。
さすがの相棒も、おれたち以外のにおいを察知できるほどいまは心穏やかではないだろう。
だから、ここにいる者たちでかれを囲んだ。
周囲からみられないためである。
もっとも、囲むという行為そのものでバレバレだろうけど。
それでも、おれたちの指揮官である「土方歳三」を囲んでいるとは、わからないはずである。
「俊冬っ!」
そんなおれたちの努力は、その叫び声でムダにおわった。
叫び声がした方をみると、崩れかかっている関所のところに副長が立っている。そのうしろには、蟻通や中島に野村、尾関に尾形、市村と田村、それから伊庭がいる。
相棒とともに、副長の捜索をしていた面子である。
いまの副長の声には、悲痛以上のものが含まれていた。
それこそ、身を切るような感じだった。
副長は拳を握りしめ、立ち尽くしている。
まるで俊冬に会うのが怖いかのように。
が、一歩二歩と歩をすすめはじめた。
そして、ついに駆けだした。
すぐに沢と久吉が脇へどいて場所をあけた。
副長が駆けだすと、そのうしろにいた蟻通たちも駆けだした。
すぐに、周囲に人垣ができた。
「この大馬鹿野郎っ」
副長は、おれの膝の上から俊冬を奪った。
そして、頭ごなしに俊冬のことを大馬鹿野郎呼ばわりをした。
「この愚か者がっ」
副長は、さらに俊冬のことを愚か者認定した。
ほぼ全員が泣きそう、あるいはすでに涙を流している。
『おれのかわりに撃たれやがって』
『おれの影武者になりやがって』
『おれのかわりになる必要などなかったんだ』
副長の官能的な唇の間からこのつぎにでてくるであろうベタな台詞が、容易に想像できる。
「このくそったれ野郎っ!また薬を盛りやがったな。そればかりか、監禁までしやがって」
はい?
想像の斜め上をいく副長の台詞に、全員の視線が俊冬から副長に集まった。
えっ、そこ?
そこ、なんですか?
ツッコみそうになり、思いだした。
そういえば、京でおねぇこと伊東甲子太郎を暗殺するという計画の実行を目前にした際、おねぇの命を助けることをぜったいに拒むであろう副長をどうにかするため、俊冬と俊春が一計を案じた。副長に薬を盛ってある家に監禁し、その間に「油小路事件」、つまりおねぇを暗殺するという既成事実をつくったのである。
ちなみに、おねぇとして暗殺されるシーンを演じたのも俊冬である。
何度もいうが、俊冬のおねぇもおねぇ以上におねぇだった。
それは兎も角、副長がいま俊冬を責めたのは、そのときのことである。
っていうか、いまそこを責めるのか?
この究極に盛り上がらねばならぬシーンで?
しかし、すぐに気がついた。
副長は、現実を目の当たりにしてでさえそれを認めることができぬほど取り乱している、ということに。
つまり、副長は俊冬がいままさに死ぬ、ということに気がついていないのである。
厳密には、気がつかないふりをしているのだ。
「この大馬鹿野郎のくそったれ野郎……」
副長の声が涙声になった瞬間、副長は俊冬を抱きしめ号泣しはじめた。
いや……。
号泣なんてものではない。
副長のイケメンは、いまや取り返しがつかないほど残念になっている。それこそ、この時代と未来のおおくの土方歳三ファンにみせられないほど残念な状態である。
「ゆ、許してく、ください」
俊冬の息も絶え絶えって感じのか細い声がきこえてきた。
「副長。かように全力で抱きしめたら、俊冬が死んでしまう」
そして、安富がその副長にツッコんだ。
いまのはブラックジョークなのか?それとも、安富はウケでも狙っているのか?
安富にもツッコミたくなってしまった。
ダメだ、ダメダメ。
いまは、マジにならなければならない。
けっして、けっしてツッコんだり笑いをとってはいけない場面なのである。




