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土方歳三被弾する

 相棒と二人・・で馬前に立ちはだかって馬上を見上げているが、俊冬はこちらを見下ろしてこない。


『やめろっ!』


 言葉にならないその叫びは、いつものようにだだもれになっているはずである。


 俊冬にその叫びが届いていないわけはない。


『やめろ、俊冬っ。いかないでくれ』


 心の中で何度も叫んだ。叫びまくった。


「「竹殿」、案ずるな。おまえには銃の弾丸たまはあたらぬ」


 俊冬のつぶやきが落ちてきた。


 俊冬は「関の孫六」を握らぬ方の掌で、「竹殿」の頸筋を愛おしそうになでている。


「ブルルルル」


「竹殿」は、思いっきり鼻を鳴らしつつ頸を振っている。

 沢と久吉は、「竹殿」の轡を放すものかという勢いで必死につかんでいる。


「副長っ、危険です。下がってください」

「そうです、副長」

「副長、お願いです」


 これがラストチャンスである。

 沢と久吉とおれとで声をかぎりに叫んだ。


「竹殿」と鼻どうしをこすり合わせられるくらい、距離を詰めて立ちはだかった。


「副長っ」


 俊冬は、スルーしている。が、かれが迫りくる敵軍のある一点をみつめていることに気がついた。


 なにかをみつけたのか?そこになにかがあるのか?


 このときには余裕がなかったのでわからなかった。


 あとになって気がついた。


 このとき、かれは自分の腹部を撃つ狙撃手を探り当てたのだ。

 世界一のスナイパーである俊冬には、どこから狙われるかということを熟知している。


 どこから狙ってくるのか、狙撃手を探り当てることなど造作もない。


 もういい。くだらぬ演技は終わりだ。


「としふ……」


 本名を呼ぼうとした瞬間、かれがこちらに視線を向けた。


『ハジメ君、すまない。それと、ありがとう。あいつを頼む』


 口の形だけでいってきた。


「いま一度申す。退く者は斬るっ!生き残りたくば、おれにつづけっ」


 かれは鐙を踏みしめ立ち上がり、ことさら大声で味方に叫んだ。


 このときも、おれはまったく気がつかなかった。


 わざわざ鐙を踏みしめ立ち上がったのは、狙撃手に『おれが指揮官だ。よく狙って撃て』と、その存在を知らしめるためだったのである。


「どけいっ!」


 彼に大喝された。


 その勢いに、不覚にもびびってしまった。だから沢も久吉もおれも、いや、相棒も含めて四人・・とも「竹殿」の前からうしろへ下がってしまった。


 その瞬間、「竹殿」がそこにできた隙間をぬうようにして駆けだした。


「パーン」


 乱戦でほかにもたくさんの銃声が轟いているというのに、その一発の銃声だけは特別なもののように耳に飛び込んできた。


 それは、生涯耳にこびりついたまま消えることはないだろう。


 なす術もなく見守る中、「竹殿」の脚が止まった。


 そして土方歳三は、その馬上からゆっくりと落ちていった。


 土方歳三を演じる俊冬は、背中から地面にたたきつけられた。

 

「としふ……」

「副長っ」

「副長っ」


 動揺しまくっているおれが本名を叫ぶよりもはやく、沢と久吉が悲痛な叫びを上げて俊冬に駆け寄った。


 相棒がおれの左脚に鼻をこすりつけた。


「落ち着け」


 なぜか、そういわれている気がした。


 それでもやはり、動揺はおさまりそうにない。全身が震えている。


 一歩踏みだそうとするも、脚がうまく運べずにひっくり返りそうになった。


 すでに涙で視界がボワボワと濁ってしまっている。


 相棒が軍服のズボンの裾を噛んで引っ張りはじめた。それでやっと一歩踏みだせた。


 この間、数十秒である。乱戦であるがゆえに、周囲はまだ気がついていない。


 気がついていたとしても、驚いたり安否を確認したりなんていう暇はない。


 だが、副長を撃った敵の狙撃手は気がついているはずである。


 大声で「敵の指揮官を撃ったぞ」なんて叫ばれでもすれば、こちらの士気はダダ下がりしてしまう。


 ちなみに、史実では副長を狙撃した狙撃手について、一説には松前藩の八番隊の隊長米田幸次(まいたこうじ)であるとされている。


 それが真実かどうかはわからない。


 この乱戦では、それを確かめようもない。


 しかし、狙撃した当人は手ごたえを感じているはずである。


 そんなことをかんがえつつ、やっと俊冬のもとにいたった。


 仰向けに倒れているかれの相貌かおをのぞきこもうとした瞬間、かれが起き上り立ち上がったのである。


 なんだ。たいしたことないじゃないか。


 希望的観測とともにホッとしたとき、かれがこちらに倒れてきた。


 慌てて抱きとめた。


「ぽちっ!」


 かれは相貌かおを伏せたまま、大声で俊春を呼んだ。


「敵を蹴散らせっ!蹴散らして、弁天台場までの道を確保しろっ」


 その叫び声は、両耳が痛くなるほどおおきかった。


「承知っ!」


 乱戦の狂騒に負けず、俊春の了承の声がきこえてきた。


 耳のきこえぬ俊春は、いまの命令を心で感じたにちがいない。


 かれは単身、箱館湾で敵艦朝陽を単身沈めた。それから、ソッコーでこの一本木関門にやってきたのである。


「うおーっ!」


 って認識する間もない。

 俊春の華奢な体が宙を舞い、敵の中に混じってしまった。


 なんてこと……。


 これまで、どんなときでも俊春が気合の声を発するのをきいたことがなかった。


 それなのに、かれはいま声を発しまくって敵を翻弄し、蹴散らしている。


 気合いの咆哮、ではない。


 慟哭である。


 かれが発しているのは、心の奥底にある感情のすべてにちがいない。

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