相棒がやって来た
「なんだ、大野君?」
「い、いえ。失礼いたしました」
大野の人のよさそうな相貌には、困惑がくっきりと刻まれている。
「あんた、誠に馬鹿だよ」
安富は、そう吐き捨ててから兵卒たちのほうへとお馬さんを進めた。
島田は、でかい相貌を無言のまま左右に振っている。
俊冬のことを、無言で非難しているのだ。
それから、安富同様馬首を兵卒たちへと向けた。
立川も同様である。おおきなため息が、無言で異を唱えている。かれもまた、お馬さんを兵卒たちのほうへと進めた。
大野は、その三人と俊冬演じる副長をみくらべつつ、兵卒たちの方へと向かった。
「沢、久吉。おまえたちは、うしろに……」
「わたしたちは、口取りです。口取りがうしろに下がっていては不自然でございます」
俊冬演じる副長が、残る沢と久吉に命じようとした。が、沢にぴしゃりといい返された。
「ったく……。だったら、おれのうしろにいろ。これは、厳命だ」
俊冬演じる副長は、苦笑しつつそう命じた。
「主計」
不意に呼ばれたので、「梅ちゃん」をよせた。
「途中で兵卒たちの隊列に、今井がまぎれこんだ。兵卒に身をやつしてな。ご苦労なことだ」
俊冬に口の形だけで告げられ、心底驚いた。
馬上であるため、リアクションはとらないよう必死で我慢をした。
「きみはなにもするな。対処するなら、おれがやる。隣人を愛することができるようになるまえに、神に召されることになるかもしれないがな。いいや。やつのいきつくさきは、おれ同様地獄だな」
俊冬はちいさく笑った。その乾ききった笑声が、耳にこびりつく。
その間に、布陣が終わっていた。
なにせ、こちら側の兵卒の数はおおくはない。
でっ、あっと思う間もなく戦闘が開始された。
「パン」
「パン」
「パン」
乾いた銃声が、一本木関門周辺へと流れてゆく。
味方も敵も、銃を撃ちまくっている。
両瞳をこらして味方の兵卒をみているが、今井がどこにいるかはわからない。
そうこうしているうちに、七重浜方面で戦っているはずの兵卒たちが敗走してきた。その数はすくなくなく、どこの隊なのかもさっぱりわからない。
その敗走兵を追い、敵もやってくる。
混戦に陥った。
って思う間もなく、箱館湾の方角から爆発音がきこえてきた。
とはいえ、映画館でアクション映画をみるようなサラウンド感満載の大爆発シーンとはかけ離れている。
かろうじて「爆発音かな?」って感じる程度である。
だが、その音は混戦状態の敵味方にはっきりきこえた。
銃を撃つ手をとめた兵卒もおおい。
「いまの爆発音は、かの「狂い犬」が敵の軍艦「朝陽」を沈めた爆発音だ。この機失するべからず」
俊冬演じる副長が、馬上大喝した。
『この機失するべからず』
このフレーズは、土方歳三のウィキにも記載がある。有名な台詞である。
「われこの柵にありて、退く者を斬らん」
つづけられた名台詞。
自分的には、「どんだけ味方を斬りたいねんっ!」ってツッコみたくなる台詞である。
だが、この台詞はイケメン土方歳三であるからこそ似合うし許されるんだろう。
って、そんなことはどうでもいい。
くそっ!この名言まで飛びだしたらもう時間がない。
思わず、「梅ちゃん」から飛び下りていた。
自分でもなぜかはわからない。
もしかすると、「竹殿」にすがりつくか馬前に立ちはだかるかして、俊冬を止めたかったのかもしれない。
いまから敵に突っ込み、撃たれるであろう俊冬を……。
無我夢中で駆け寄った瞬間、馬上からささやき声が落ちてきた。
「主計、兼定兄さんに「襲え」と命じろ。ハンドラーとして、な」
えっ?
「相棒っ、襲えっ!」
わけがわからないって思った瞬間、それでも反射的に命じていた。
その瞬間、俊冬が腰から拳銃を抜いた。って認識するまでには、かれは体をわずかにうしろへ向けて拳銃を発射した。
それこそ、刹那以下の間である。いまの射撃のタイミングで、黒くしなやかな肢体が宙を舞った。そして、だれかに飛びかかったのである。
いまの黒いのは、相棒である。
たったいま起こったすべての出来事は、ゼロコンマ以下の出来事である。
正直、まだ事態がまるっきり呑み込めていない。
相棒があらわれたということは、副長がみつかったということなのか?
いいや。もしかすると、捜すのをあきらめてこっちにきた可能性だってある。
さきほどの一連の出来事は、俊冬が今井に向けて拳銃を撃ち、その今井に相棒が飛びかかったにちがいない。
そんなふうに妄想している隙に、俊冬が今度は刀を抜くのを感じた。
「関の孫六」……。
かれ自身の佩刀である。
親父の形見のようなものである業物である。
まずい。
俊冬は、いままさに敵に突っ込むつもりだ。
止めなければ……。
体が動こうとしたその瞬間、相棒が駆けよってきた。
副長を始末しようとした今井を、逆に返り討ちにしたのであろう。
かれを殺さない程度にダメージをあたえたのだろうか。
将来、かれが隣人を愛することは出来る程度に懲らしめただけなのだろうか。




