一本木関門が目前に
「みつけたかな?」
安富が先頭を行き、その次に副長と立川と大野、それから島田とおれがつづいている。
島田が尋ねてきた。
副長と大野が会話をしているその横で、立川が生真面目な表情でときおりうしろにいるおれたちに視線を向けてくる。
立川も気がついたのだ。
かれは、俊冬の頬に傷のある方、つまり右側にいる。
俊冬が副長に扮していることに気がついたにちがいない。
「どうでしょうか。見つけたら、相棒だけでもさきにくるはずですが……」
まだこないということは、副長をみつけられていないという可能性が高い。
「せっかく鍵を手に入れたのにな」
「それに、五稜郭はそこまで広くないんですけどね。蟻通先生、中島先生、尾形先生、尾関先生、八郎さん、利三郎、鉄と銀。これだけの人数がいれば、すぐにでもみつかりそうなものなのに。しかも、相棒の鼻があるんですよ……。って、まさか」
「もしかして」
最後の一語が、島田とかぶった。
「五稜郭にいない?」
「五稜郭にいないのではないのか?」
同時につぶやいた。
「そういえば、ぽちが五稜郭のまえでアイコンタクトをとってきていました。くそっ、かれはそのことを伝えたかったんだ」
「してやられたな。勘吾らも気がついていてくれたらいいが」
「相棒がいます。もしかすると、臭跡をおこなっているかもしれません。鉄と銀には、京にいた時分に臭跡のやり方を教えていますので」
「そう願いたいものだ」
二人で同時に副長、いや、俊冬の背中をみた。
俊冬のやつ……。
どうりですんなり鍵を渡したわけだ。
俊冬は、副長を五稜郭内の鍵付きの部屋に閉じ込めたわけじゃない。そもそも、五稜郭にはそんな部屋などないのかもしれない。
鍵は、まるっきりのダミーだったんだろう。
じゃあ、どこにいる?副長は、どこに監禁されているんだ?
そう思ったタイミングで、前方に物見の兵の姿がみえた。
二人である。どこの隊か知らないが、どちらも若くてすばしっこそうである。
駆けてくると、一本木関門で敵の三個小隊が陣を敷いていると報告をした。
めっちゃこっちの情報もれてるやん。
思わず、そうツッコみたくなった。
味方の何者かが流した情報をもとに、敵はすでに待ちかまえているのである。
もっとも、敵は弁天台場もしくは箱館山に援軍が向かうのを想定しているだけかもしれないが。
それでも、もはや味方も信じられない。疑心暗鬼になってしまうのも当然だろう。
ゆえに、いま敵がすでに陣を敷いているのは、想定や予測というよりかは、味方からもたらされた情報によるものと思わざるをえない。
俊冬演じる副長が、馬首ごとこちらへ向いた。
「もう間もなく、一本木関門だ。すでに、敵の三個小隊が陣を敷いて待ちかまえている。だが、怖れることはない。勇気をもって進むんだ」
そう号令するかれの声が耳に心地いい。
心の底から、やる気と闘志がわいてくる。
かれの指揮のもとなら、その通りになるような気がする。
これこそが、かれと俊春の十八番、チートスキルの「暗示」である。
島田とおれのうしろにいる兵卒たちの間から、気合の声や叫びがきこえてくる。
敵が待ちかまえていて、たとえその数がこちらより多かろうと、「常勝将軍」土方歳三の指揮ならば、打ち勝てる、生き残れると信じきっている。
そんな気合や叫び声である。
「よし、いくぞ」
かれは満足そうに双眸を細めると、馬を一本木関門の方角へと向けた。
文字通り、かれにとって死地にあたる方角へ……。
この期に及び、まだどうにかならないかとかんがえまくっている。
が、いかなるかんがえも浮かばない。
そうこうしているうちに、一本木関門がみえてきた。
俊冬演じる副長が「竹殿」を止め、立川と大野、それから島田と安富に指示を送りはじめた。
大野は兎も角、島田も安富も立川も、かたい表情のまま指示をきいている。
「なにをしている?はやく動かぬか」
俊冬演じる副長が叱咤しても、動こうとしない。
「いまからでもおそくはありません。弁天台場へゆく道は、なにもここだけではないのです」
島田がいった。
「なにを申す?迂回していては、ときがかかりすぎる。その間に、弁天台場にいる将兵が全滅してしまうだろうが」
「しないっ!」
安富が叫んだ。
「全滅などしない。それは副長、あんたもわたしたちもしっている。ゆえに、迂回したところで問題はない。行き着けぬ方が問題だ。ちがうか?」
安富の言葉に、大野は驚いている。
「才助さんの申される通りです。敵が待ちかまえているところに、なにも突っ込んでゆく必要はありません」
さらに、立川も異を唱える。
俊冬演じる副長の眉間に皺がよった。
「島田、才助、立川。命に従わぬからと、おまえたちを更迭したくはない」
副長演じる俊冬から、静かだが絶対的なオーラがでまくっている。
三人は、口をつぐむほかない。
「あの……。陸軍奉行並……?」
大野がおずおずといった。とはいえ、ほとんどきこえないほどの小声であったが。
かれは、副長やおれたちの様子がおかしいことを訝しがっているようだ。




