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沢と久吉にも説得をしてもらう

 沢と久吉は、歩卒たちの最後尾にいる。


 かれらのどちらかに、お馬さんの口取りをしてもらいたい。具体的には俊冬演じる副長のお馬さんの口取りをしてもらいたいのである。


 だから、かれらに「梅ちゃん」をよせてささやいた。


「「竹殿」の口取りをしてもらえませんか?」


 というように。


 そして、三人で俊冬演じる副長のところまで急いだ。


「副長、口取りがいないとらしく(・・・)ありませんよ」


 うしろから声をかけてみた。


「ああああああ?おれがお馬さんにすら乗れぬといいたいのか、ええっ?」


 これはもう脱帽するしかない。


 俊冬は、副長以上に完璧なリアクションをしてきた。


「ええ、そうです。って、ジョークですよ。指揮官たるもの、口取りがいたほうが箔がつくでしょう?」

「箔だぁ?そんなもんは、すぐにめくれちまう。まぁいい。ただし、一本木関門ちかくまでだ。口取りなんざ、それこそ敵にとってはいいまとだからな」


 もちろん、そんなつもりではない。

 沢と久吉を的にしようなどと、微塵も思ってはいない。


 じつは、二人には口取りを口実にして俊冬を説得してもらいたいのである。


 沢も久吉も、それぞれ思うところがあるだろう。ふだんは気をつかってなにもいわないが、その思いは驚くほど真剣である。


 近藤局長のときや新撰組についてくるかこないかを問われたときなど、こちらが感動しまくるほどの表現力で思いを語ってくれた。


 いまの俊冬にはだれがなんといおうと、その愚かで頑固な意志を覆すことはできないだろう。


 だが、なにもしないよりかはいい。


 最後の最後まで、思いつくかぎりのことを試してみるつもりだ。


「ええ、副長。わたしたちは、いい的になりますよ」


 沢は、さっさと「竹殿」の轡をとった。久吉は、島田のお馬さんの轡をとる。


「ゆえに、副長はできるだけ気をつけてください」


 沢がつづけた。


 副長を演じる俊冬は、久吉と沢のリアクションに面喰らったようである。馬上から、かれらを交互にみおろしている。


「馬鹿なことをいうんじゃない。おれは、おまえらを犠牲にしてまで生き残りたいとは思わぬ……」

「それは、おたがいさまですよね?」


 俊冬がそういいかけたところで、久吉がそれにかぶせてきた。


 うしろからついてきている歩卒たちに声が届かぬようちいさくはあったが、その鋭さは切れ味のいい日本刀よりも鋭かった。


「なんだと?」

戦場いくさばで口取りが的になるのは、当然のことでございます。わたしたちは、すでにその覚悟をしております。あるじを、あるいは仲間を護るため、的になって死ねるのなら本望でございます」


 久吉がピシャリといった。


 島田と安富と、思わず相貌かおを見合わせてアイコンタクトをとってしまった。


 これは、思った以上の効果がみこめそうである。


 とくに沢と久吉と打ち合わせたわけではない。このことで話し合ったこともない。


 それどころか、二人とも俊冬が副長の影武者として死ぬつもりであることをしったのは、つい昨夜のことである。それこそ、まだ半日も経っていないかもしれない。


 それなのに、二人ともしっかりおれの意図を把握し、合わせてくれている。


 感動ものじゃないか。


「いえ、主計さんはダダもれですから」


 感動に酔いしれているおれの耳に、沢の戯言がきこえてきたような気がした。


 いまのはきっと、幻聴にちがいない。


「近藤局長は、みなさんにとって太陽のようなお方でした。あなたは、みなさんにとって神様のような存在です」


 その沢の言葉にぶっ飛んでしまった。


 いや、それはいいすぎだろう?


 また、島田と安富とアイコンタクトをとってしまった。


 神様は神様でも、死神とか疫病神とか貧乏神ってやつか?


 すると、島田のが語ってきた。


『本物のことではなく、それを演じているたまのことを申しているのではないのか?』


 なるほど。つまり、沢は俊冬のことをいっているのか。

 それにしても、いいすぎの感は否めないが。


 まあ、近藤局長を太陽に見立てたのなら、あとは神様とか仏様くらいかもしれないしな。


「あなたになにかあれば、だれもが悲しみます。生きる気力を失くしてしまいます。ゆえに、あなたはあなた自身のためではなく、すべての味方のために生き残らねばならぬのです」


 ちょっ……。


 久吉、いくらなんでも盛りすぎだろう?


 つぎは、安富とアイコンタクトをとってしまった。


『だから、本物のことではない』


 安富のが、そう物語っている。


 そうだ。島田と安富のいう通りである。


 沢と久吉は、あくまでも俊冬にたいしていっているのであって、本物の副長についてではない。


 頭ではわかっている。だが、俊冬が副長に異常なほど似すぎていて錯覚してしまう。


「おれもかいかぶられているものだな。二人とも、おれはそんなごたいそうなものではない。かようにもちあげるな。おれなど、ただの人殺しだ。そう、ただの人間ひと殺しというだけのことだ」


 俊冬演じる副長は、そこで言葉を止めてしまった。







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