華麗なる推理
松吉の父親は、番方である。
これは、現代でいうところの警察に一番ちかい部署である。
現代のように鑑識の道具があるわけではないが、そこはさすがに玄人である。こういう現場にあって、なにをどう調べればいいのかをちゃんと把握しているし、実践している。
「賊は、裏から入ったようです。屋内が汚れていないことから、草履は脱いでいるようです」
松吉の父親が、説明してくれる。
おれたちを呼びにいっている間に、番方の同心や目明しらが調べ、その報告を受けたのであろう。
その説明を受けながら、四つん這いの姿勢で仏の周囲を検める。
「動かないでください」
灯火のもと、畳の上の一箇所に、わずかにへこみがあることに気がついた。
そのすぐ横に原田がいて、ちょうど動こうとしていたところを、怒鳴って動きを制する。
「どうした?なにかみつけたか?」
さすがは副長である。
声と表情の変化に、気がついたのであろう。
「これをみてください」
畳のへこみを指す。
その瞬間、「あぁこれは、示現流をかじってる者による殺しだな」、という大胆な推理をする者がいる。
それはまるで、小説や漫画にでてくるヒーロー的探偵が、関係者をまえにして自分の完璧な推理を述べるかのように、じつに堂々としている。
「間違いねえ」
そして、それは推理ではなく事実である、と断言する。
なんと、永倉である。
新撰組二番組組長にして、「がむしん」と二つ名のある永倉が、畳にあるへこみを一目みただけで、そう断言したのである。
現代鑑識術もびっくり、であろう。
「ちょっとまってください、永倉先生。このへこみをみただけで、どうしてそこまでわかるんです?」
内心の動揺を悟られぬようがんばったが、声の震えはおさえきれない。
室内にいる全員が、いまや永倉を注目している。
「おまえもおなじものをみてるんじゃねぇのか、ええっ、主計?まっ、土の上のほうがわかりにくいがな。おれは、室内で幾度か示現流とやりあったが、この足型がくっきりついちまうんだよ。いったい、どんだけ踏み込みゃ気が済むんだ?といいたくなるくれぇ、畳がへこんじまう。もっとも、こりゃまだ序の口だ。おそらく、さほどの腕じゃねぇか、よほど力をおさえた、かだな。一流が本気だせば、畳に穴があいちまう」
「おおー」
だれもが感嘆する。
見事だ。素直に脱帽する。
剣士でないと、さらには経験豊富でないと、導きだせなかったであろう。
あらためて、それをみる。
たしかに、へこみ具合から、そこに急激に圧がかかってできたものだ。そして、できている場所は、ちょうど一足一刀の間。
通常は、立っている相手を頭の上から両断するものである。床に入っている低い位置の相手の背を斬るのに、力をセーブせざるをえなかったのか。
逆にいえば、単純に唐竹割りするよりも難しいその一刀を、踏み込みも斬り下げも器用に調整できる技量をもっている、ということになる。
いや、示現流にみせかけて、というのもありかも、だ・・・。
だが、その場合は、さらに技量を必要とする。
「血刀は、どうしたのでしょうな?」
島田が、だれにともなくいう。
これだけ派手に斬ったのだ。そういえば、周囲に血痕がみられない。血飛沫を上げずに斬ることができるということは、よほど慣れていないとできない。やはり、相当な遣い手による犯行のようだ。
島田のいうように、血飛沫は上がらずとも刃に血糊はべっとりついたはず。本来は、それを血ぶるいしてから納刀する。その上で、なるべくはやく柄からはずして手入れする。そうしないと、茎が腐ってしまうからだ。
血飛沫も血ぶるいの跡もない。そのまま鞘に納めることはない。ということは、懐紙で拭きとるしかない。その後は?血で染まった懐紙を、懐や袂に入れておもちかえりするのか?
「懐紙を探してみましょう」
だめもとである。
まさか、それをこのあたりでぽいと捨てる間抜けもいないだろう。
だが、殺しを本業としていないかぎり、もしかすると、そういうケアレスミスをしないともかぎらない。
全員で手分けし、それを探してみる。
探しはじめて半時ほど後、裏口からでた共同の井戸のちかくで、握りつぶされたかのように丸められ、無造作に地面に転がっているのを、松吉の父親と原田が発見した。
得意顔の二人をまえに、副長のイケメンに見惚れていた二人の奥方を思いだしてしまう。
「よしっ相棒、いよいよ鼻のみせどころだぞ」
玄関先でまたせていた相棒をまえにし、血のついた懐紙をひらひらさせながら告げる。
じかに触れぬよう、懐紙を懐紙で挟む。
相棒と、瞳をしっかり合わせる。
その瞳は、犯人を追う獣の、野生の光がたゆたっている。