春日さんも死ぬ予定
春日は、史実では五月十一日、つまり今日、亀田新道というところで戦闘中に重傷を負ってしまう。そして、その翌十二日、つまり明日榎本が説得して服毒自殺することになる。
「土方君、土方君、土方君。今朝もきみの乗馬姿は最高だね」
大鳥は、あいかわらずである。
副長への愛が全開ですぎて、暴走が止まらないようである。
その大鳥の隣で、春日はあきらかにひきまくっている。
まだ二十五歳のかれは、だれかのブログによると「女性とみまごうほどの色白の美形」で、江戸の町をあるけば付け文が届いたそうである。
もちろん、野郎からではない。女性からである。
実際のところは?
自分自身もイケメンだし、イケメンを見飽きているので「こんなもんかな」っていうのが、かれにたいするおれの評価である。
「笑っちまう」
そのとき、馬上からささやかれた。もちろん、副長の声で。
副長演じる俊冬が、いまのおれのだだもれをきいていってきたのである。
ふんっ!笑われる意味がよくわからん。
だって、いまのはネタじゃなかったからな。
「健闘を祈っているからな。無事、弁天台場にいってかの地にいる味方を救ってくれ」
「ああ、案ずる必要はない。なにせおれは、「常勝将軍土方歳三」だからな。そうだよな、主計?」
「おれにふらないでください。だいたい、その常勝っていうのもぽちたまのお蔭でしょう?」
不本意きわまりないが、いまはかれに合わせるしかない。
「そのぽちたまは?」
榎本がキョロキョロしている。
「わたしの「シェリーココ」はどこかな?」
大鳥さん。あなたも気が多すぎですよね?
ちなみに、「シェリーココ」とはフランス語で、「わたしのかわいい子」みたいな意味である。
「おまえよりマシだと思うがな」
そしてまた、馬上からささやかれた。もちろん、副長の声音で。
「副長、いちいちツッコまないでください」
ここは、もちろん俊冬に合わせるしかないよな?
「土方さん。わたしが亀田新道より五稜郭の守護にまわるよう、進言されたのはなにゆえです?」
そのとき、春日が尋ねた。
俊冬のやつ……。
春日が助かるよう、ちゃんと手は尽くしてくれているんだ。
「簡単な話だよ、春日君。亀田新道で戦うのは無意味だ。それよりも、力を温存しておきたまえ。ここは、おれたちのような年寄りに任せてな」
俊冬演じる副長は、陽光に白い歯をきらめかせつつムダにカッコつけている。
こういうところまで不気味なほど似ている。いや、まんまである。
「は、はぁ……」
春日はどこか不満そうである。
それは当然だろう。
ヤル気満々なのに、五稜郭で待機していろっていきなり命じられたのである。
テンションがダダ下がりにもなる。
だが、そうしてもらわねばならない。
この日、かれをサポートできる者がいないからである。
ゆえに、不満だろうがテンションダダ下がりだろうが、後方でおとなしくしておいていただきたい。
「おいおい、かような表情をしてくれるな。きみは、これから活躍せねばならぬ。かような場所で意に添わぬ死を迎えていいものではないからな」
さらっとつづけられた俊冬の言葉にショックを受けたのは、たぶんおれだけである。
『意に添わぬ死』
この言葉である。
いったい、この言葉にどういう意図が隠されていたんだ?
「ときがもったいない。そろそろ出発させてくれ」
「あ、ああ。そうだな。土方君、気をつけろ」
「土方君、くれぐれも気をつけてくれ」
俊冬演じる副長が暇乞いをすると、榎本と大鳥が同時に口を開いた。
「ああああ?気をつけろ、気をつけろって、二人そろっていやに慎重だな」
俊冬演じる副長は、馬上で苦笑をした。
「いわれなくとも気をつけるさ。もっとも、気をつけようもないことが起こるのが、戦場ってもんだ。なぁそうだよな、ご両人?」
馬上を見上げると、俊冬演じる副長のイケメンに笑みはなく、射るような目つきで榎本と大鳥を見下ろしている。
「まっ、せっかくのご忠告だ。ありがたく受けておくよ。あんたらも気をつけてくれ」
それから、かれは「竹殿」にあるきはじめるようお願いをした。
おれたちも慌ててお馬さんに飛び乗る。
「梅ちゃん」をあゆませながら、うしろを振り返ってみた。
榎本と大鳥は、まだ見送ってくれている。
ギリその表情がみえる。
どちらもマジな表情である。
これまでのような副長LOVEといった、おちゃらけたものとはまったくちがう。
その冷たくかたい表情をみ、なにゆえか背筋に寒いものが走った。
視線を無理くりに春日に移した。かれは、すでに建物の方へとあるきはじめている。
どうかかれも生き残って欲しい。
そう願わずにはいられない。
そして、蟻通と伊庭と相棒をみた。
三人ともまだいるが、かれらも榎本と大鳥をみている。
おそらく、おれ同様かれらも榎本と大鳥になにかを感じているんだろう。
蟻通が、伊庭と相棒になにかをいった。
相棒は、くわえている鍵を蟻通に渡したようである。
それから、かれらも建物の方へと駆けだした。
副長をみつけ、一刻もはやく合流してほしい。
願ってばかりだが、そう願わずにはいられない。




