俊冬の願い
「俊冬、ふざけるな。おまえは、俊春を護りたい。かれを笑顔でいさせたいっていったよな」
「ああ、いったさ。あいつと餓鬼のころに約束をした。だが、そんなものはもうどうでもいい。おれが護らなくっても、あいつは一人でやっていける。笑顔でいられる。おれは、もう必要ないってわけだ」
かれの乾いた笑声が、乾燥しきった微風に絡まり、流れてくる。
「おまえが死んだら、俊春は……」
「疲れたんだよっ!」
かれは、おれの言葉をさえぎって怒鳴った。
その怒鳴り声は、ずっとうしろにいる島田たちにも届いたらしい。
わずかに相貌を傾けうしろをみると、島田たちがこちらをじっとみている。
おれにすべてを任せてくれるつもりなのであろう。こちらに駆けてくる気配はない。
「泣き虫のお守りや、きみたちのお守りに疲れたんだ」
かれは、声のトーンを下げて続けた。
「なにもかもに疲れた。死にたい。ただそれだけのことだ。ちょうどいいタイミングなだけだ。いや、ちょうどいい大義名分をふりかざせるっていった方がいいな」
この大嘘つきめ。
「すまない」
それから、かれはまた謝ってきた。
「頼みがある」
かれのことをだまってにらみつけていると、かれは副長似のイケメンに気弱な笑みを浮かべた。
そんな表情もまた、副長のまんまである。
「あいつのことだ」
「断る。おれに頼むくらいなら、おまえがついていてやればいいだろう」
そのときはじめて、かれを『おまえ』呼ばわりしていることに気がついた。
ムカつきすぎていてわからなかった。
「あの雨の日にきみを追ってこの時代にきて、土方歳三にきみを託してから、あいつとおれは約束を交わした。というよりかは、変更のない作戦を立てた」
かれは、おれがメンチ切りまくっているにもかかわらず、話をつづける。
くどいようだが、『メンチ切る』というのは、相手をにらみつけるという意味である。
「おれが土方歳三として死ぬということと、あいつが……」
かれは、不意にそこで言葉を止めた。
俊春が?
はやく知りたい。俊春は、いったいだれのかわりに死ぬというのか?
が、かれは口を閉じたまま開けようとしない。
くそっ!俊冬、なにを焦らしまくっている?もったいぶっているんだ。
兎に角、はやくいってくれよ。
「というわけで……」
「どういうわけやねんっ!」
永遠と思えるような焦らしの後、やっと口を開いたと思いきや、力いっぱいボケてきた。
こんなシリアスなシーンだというのに、関西人の性はイタすぎる。
本能的に、全力でツッコんでしまった。
かれと視線が絡み合いまくる。
かれの瞳をみつつ、かれの胸のあたりをどついた方が完璧なツッコミだったのに、とちょっと後悔をしてしまった。
「きみは、冗談抜きでファニー・ガイだな」
「いまのは最高の讃辞である、ととっておくよ」
そして、また沈黙が訪れた。
「きみだよ」
さすがは「わが道爆走王」である。
唐突にいってきた。
「おれ?なにがおれなんだ?」
笑いのなにか、か?
そのとき、ふと点と点がつながって一本の線となった。
それもまた、唐突にである。
「まさか……。まさか、おれなのか?」
いまのおれの相貌には、驚愕の表情が浮かんでいるだろう。
その瞬間、副長激似の相貌にやわらかい笑みが浮かんだのをみとめた。
「おれが蝦夷で死んだ後、あいつがきみになりすまして島流しにあい、数年すごして適当な時期にみずからの生命を絶つ……。そういう筋書きだよ」
「そんな馬鹿な」
馬鹿みたいなリアクションだが、それしかできなかった。
こいつらは、なんて馬鹿な筋書きを作ったんだ?
俊冬も俊春も、じつは馬鹿だったんだ。
カッコつけしいの大馬鹿野郎ってやつだ。
馬鹿馬鹿しくって、思い悩んでいた自分が愚か者に思えてくる。
俊冬が副長とおなじ髪型に、俊春がおれとおなじ髪型にしていたのは、そういうわけだったのだ。
「そうだな。馬鹿だよな。だが、あいつとおれにとっては、その馬鹿なことが生きがいなんだ。それが使命であり、生きてきた意義なんだ」
かれがちかづいてきた。が、懐の内に入ったところで立ち止まってしまった。
「きいたか、相棒?こいつら、マジで馬鹿だよな?」
左脚許でお座りしている相棒に同意を求めた自分の声が、涙声になっていることに気がついた。
「くそっ!そんなの勝手な思い込みじゃないか。いらんお世話ってやつだ。副長だっておれだって、おまえらを犠牲にしてまで生き残りたいなんて思いやしない。有難迷惑だ」
自分でもいっていることが支離滅裂だってわかっている。
それでも、兎に角いいたい。なんでもいいから、馬鹿に馬鹿なことだっていってやりたい。わからせてやりたい。
「馬鹿でごめん。それから、有難迷惑だってこともわかっている。しょせん、おれたちのエゴだってこともね。ミスター・ソウマだって、きみとおなじことをいうに決まっている」
「だったら、どうして?」
「頼みがあるんだ」
おれの問いをスルーし、かれはおれの両瞳をみつめたまま、また頼みがあるといってきた。




