ネットカフェ
「ええ、お姫様抱っこです。ですが、最後の方はさすがに腕が疲れました」
「だろうな。だって、副長はめっちゃ太ったからな。ってか、またごまかされるところだった」
俊冬にそういいながら、思わず前後左右を見回してしまった。
副長がいつの間にかどこからかわいてでて、鉄拳制裁をかましてくるかもしれないからである。
「ごまかす?事実を伝えているだけじゃないか」
「たま、それがごまかしっていうんだよ。お姫様抱っこに意識を向けさせられて、もうすこしで『鍵付き窓なしの部屋で休んでもらって』ってところをスルーしてしまうところだった」
「ああ……」
「ああ、じゃないだろう?なにゆえ、そんな個室タイプのネカフェみたいな部屋に放り込むんだよ」
「ネカフェって、いったことがないんだ。コミックが読み放題で、ドリンクが飲み放題なんだよね?」
「ああ。二十四時間パックだったら、一日中漫画に集中できる……。チェーン店のネカフェだったら、挽き立てコーヒーとか朝食無料サービスってところもあるんだ。当然冷暖房完備だし、めっちゃ快適だよ。って、そこじゃないだろう?」
「きみがネカフェなんていいだすからじゃないか。おれのせいにするなよ」
たしかに、いまのはおれが悪い。
「いまからわんこの様子をみてくるよ。その間に、副長がまた狙われるともかぎらない。実際、狙っている馬鹿がいるからね」
「なんだと?いったいだれが……」
島田がすごい勢いで尋ねると、俊冬は両肩をすくめた。一瞬、教えてくれないのかと思った。だが、俊冬は口をひらいた。
「おれたちの永遠のアイドル、今井のすっとこどっこいですよ」
「アイドル?」
「憧れ、でしょうか」
島田の疑問に、俊冬がすかさず答えた。
「ああ、憧れね」
「島田先生、そこじゃありません」
島田の好奇心旺盛な永遠の少年っぷりは、いまだ健在である。
思わずツッコんでしまった。
「あの野郎……。土方さんを狙うなんざ、とんでもないやつだな」
「愛しのお馬さんさんたちに蹴られ、ついでに踏みつけにされればいいのだ」
蟻通と安富のいう通りである。
隣人を愛すべき男は、たとえ終末を迎えようがイエス・キリストが復活を遂げようが、副長だけは許せないらしい。
っていうか、許せないのはおれたちの方なんだが……。
なるほど。俊冬がいない間の刺客回避方法として、副長をそんなところに閉じ込めたわけか。
「大丈夫。そこまで狭い部屋じゃないから。空気はちゃんとあるし、水とおむすびを置いてきた。トイレは……。まあ、イケメンはピーもプーもしないのが通説だから、そこも大丈夫だろう」
「そんなわけあるかいっ!」
ボケまくる俊冬に、力いっぱいツッコんでしまった。
「ジョークだよ。あの調子なら、朝まで目を覚まさない。念のため、桶は置いておいたから、万が一のときはそれでしのげるはずだ。というわけで、おれはそろそろわんこのところにいくから。兼定兄さんはここにいて」
いろんな意味で理解に苦しんでいる中、俊冬は手を振ると踵を返してとっととあるきはじめた。
「俊冬、ちょっと待てよ」
そのかれを、慌てて追いかけた。
ドロンと消えてしまうまえに、もうすこし話をしたかったからである。
島田たちも追いかけてくるかと思ったが、気配がない。
頭をわずかにうしろへ向けると、その場に立ったままこちらをみている。
気をきかせて二人きりにしてくれたのだろうか。いや、訂正。相棒もふくめて、三人にしてくれたのだろうか。
たぶん、そうにちがいない。
「なんだい?」
かれはポーカーフェイスを保ったまま、副長似の相貌をこちらにわずかに傾けた。
しかし、あきらかにイラついているし、不安がってもいる。
いまのたった一言に、それらがにじみまくっていた。
「俊春のところにいきたいんだろうけど、すこしだけいいか?」
「わかっているのなら、はやくすませてくれないかい」
「おれがいいたいことは、どうせわかっているんだろう?いまさら、口にだす必要もないよな?」
「どのこと?なにせきみは、だだもれしまくっているからね。さすがのおれも、特定するのはむずかしいよ。ねぇ、兼定兄さん?」
副長のコピーの相貌に、苦笑が浮かんでいる。
視線を合わせず、おれの左脚許にいる相棒にそれを向けている。
「おいっ、いいかげんにしろよ」
カッときた。
いまのおれの相貌は、マジな表情になっているだろう。怒鳴った声は、低くなっていた。
かれの視線が、こちらに向いた。
「すまない」
かれは、唐突に謝ってきた。なににたいしてかはわからないが。
「きみがおれと話をしたい話題について、おれは話をしたくない」
「話をしてもらう」
「する気がない。きみがいくら望もうが願おうが、明日起こることにかわりはない。かえるつもりもない」
あまりにもきっぱりすっきりばっさりいうものだから、またしてもカッときてしまった。




