絶対にあきらめない
「われわれは兎も角、鉄と銀を戦場に連れてゆくのはどうであろうか」
中島の懸念はもっともである。
「いやです。ちがう場所で、たま先生が死んだという知らせを待てというのですか?」
「そうです。わたしたちがまだ子どもだから、たま先生の死に目にあってはいけないのですか?」
二人は、ソッコーで泣き叫びはじめた。
左右に立ち並ぶ民家は、住人たちがすでに退避していて無人のはずである。ひっそりと静まりかえっているのは、夜が遅いからというわけではない。
「どう思う、相棒?たまは、副長を監禁するのか?それとも、当て身を喰らわせるとか眠り薬でも盛るつもりなのか?」
左脚許のいつもの定位置にいる相棒をみおろし、尋ねてみた。
塩対応されるかと思いきや、相棒はおれを見上げてなにかいいたそうな表情になっている。
「監禁?」
狼面が上下に振られたが、何か伝えたそうである。
「あっ、当て身とか眠り薬とか?」
なんと、また狼面が上下に振られた。
「もしかして、その両方なのか?当て身か眠り薬で眠らせた後、監禁するとか?」
すると、狼面が先程より勢いよく上下に振られた。
「であれば、鉄と銀に副長を助けさせれば?」
「ダメだ、雅次郎。副長を一本木関門にこさせるわけにはいかぬ」
島田のいう通りである。副長の生命を助ける為なのに、その副長が現場にきてしまってはなにもならない。
だけど、こうなってしまった以上、副長も俊冬を見送りたいにちがいない。
「鉄と銀も連れてゆく。ただし、ずっと後方で控えてもらう。勘吾、八郎君。二人を任せられるか?」
さすがは島田である。
明日死ぬはずの蟻通も戦場にだすわけにはいかない。それに、伊庭だって戦闘には参加できない。
これほど心強い護衛はいないだろう。
「無論」
「承知しました」
かれらは、ソッコーで承知した。
市村と田村もホッとしたようだ。
だが、そもそもこんな打ち合わせなどしたくはない。
おれの中では、まだあきらめきれない。
あきらめることなどできやしない。
五稜郭に戻ると、副長と俊冬はまだ戻っていないという。
中島たちは、伊庭ら遊撃隊の割り当ての部屋で雑魚寝をさせてもらうことになった。
副長と俊冬を、いたずらに刺激させることになる。
市村と田村も、そっちのほうで面倒をみてもらうことにした。
市村と田村を俊冬に会わせれば、ひと悶着あるに決まっている。
というわけで、おれたちはまた厩で世話になることにした。
おれたちの雰囲気を感じ取ったのか、「竹殿」や「梅ちゃん」たちお馬さんたちも落ち着かないようである。
「あの……、ぽち先生は?」
「大丈夫でしたでしょうか?」
厩からでてきた沢と久吉が、おずおずと尋ねてきた。
月と星と厩の軒先にぶら下げている淡い灯火の中でも、おれたちはひどい表情になっているのがわかるんだろう。
「ええ、大丈夫です」
「それはよかった」
おれの答えに、二人はたがいの相貌を見合わせてほっと息を吐きだした。
その心からほっとした表情を見て、ぐっとこみあげてきた。
「おい、主計。呑んでもいないのに、いきなり吐き気か?」
蟻通が肩をつかんできた。
もちろん、吐き気ではない。
眼前で、沢と久吉が驚いてこちらをみている。
左脚許からは、相棒が見上げている。
そのとき、相棒が振り返った。
だれかがやってくる。
「たま……」
安富がつぶやいた。
俊冬が一人でこちらにあるいてくるではないか。
せりあがってきていた得体の知れぬ塊を呑み込み、体ごと俊冬のほうを向いた。
「副長は?」
「栗原さんや粕屋さんが、「武蔵野楼」にいらっしゃいました」
島田の問いに、俊冬はまったくちがうことをいいだした。
「たまたまちがう座敷に本土の商人がいましたので、その商人に蝦夷から連れだしてもらうよう依頼しました。その礼金は、副長のポケットマネー、というか懐から……」
この際、副長がそれだけのまとまった金をもっていたんだということは触れないでおこう。
ましてや、そんな金があるんだったら、ちょっとはこっちにも融通してもらいたいもんだっていうことにも目をつむろう。
「それで、副長は?」
「副長?」
蟻通の問いに、俊冬は「だれ、それ?」的に問い返した。
「ああ、そうでした。副長は、めずらしくずいぶんとお酒をすごされ、あるくのもままならず……。お姫様抱っこで運んだ上で、鍵付き窓なしの部屋で休んでもらっています」
「なんだって?」
その場にいる全員が叫んだ。
「お姫様抱っこ?副長を?」
蟻通が頓狂な声をあげた。
お姫様抱っこって、俊冬はマジでやったんだ。
ってか蟻通、そこじゃないよな?
でも、副長激似の俊冬が、オリジナルをお姫様抱っこして夜の町をあるく姿を、脳内で思い浮かべると超絶笑える光景だよな。




