殺害現場
そこは、殺された天神の置屋が所有している民家である。
典型的な京造りで、玄関から奥へと鰻の寝床のように細長い。
仏は男女。一人は、松吉の父親の同僚である同心。平田という名の、目付ということである。いま一人が、天神というわけだ。
数名の目明しに、おそらくは目付と思うが、同心たちが屋内を検めている。
相棒の綱を玄関先の柱にくくりつけ、そこでまつよういいおく。
さきに松吉の父親がなかに入り、同僚たちと話をする。
同僚が殺られたわりに、出張っている人数がずいぶんとすくない。
「おまたせしました。ここにいるのは、わたしとも仏ともとくに懇意にしている連中ばかりです」
松吉の父親は、おれたちに告げる。
不利になったり、そう仕向けたりする者がいないこと。その上で、新撰組が関与することについてもしらぬふりをし、同時に受け入れてくれる者ばかりであることを、暗にいっているわけだ。
副長を先頭に、殺害現場である部屋に入る。
同心も目明しも、部屋の隅でかたまっている。視線が合うと、軽く会釈を寄越してくる。こちらも会釈する。
「なにも、動かしておりません。そのままです」
松吉の父親の言と同時に、副長がおれに目線でうながす。
二体の仏を拝み、検めはじめる。
布団でことをしている最中に、殺られた。
女が下、男が上。男の背が袈裟懸けに斬られている。これが、致命傷であろう。
凶器は、刀に間違いない。そのきれいな刀傷から、そこそこの手練れだということがわかる。女の上に覆いかぶさり、はてている男の左腕が伸びている。必死に伸ばそうとしたのであろう、指先がなにかを掴もうとでもいうように、形作られている。
わずかに硬直している。死後の硬直後に起こる指の硬直状態から、死後十時間以上は経っているとおもわれる。
伸ばされた腕、それから、指の先に視線を向ける。そこには、刀掛けに置かれている刀がある。
斬られるまえに気がついたのか。あるいは、斬られてから反射的に刀を掴もうとしたのか。
女の瞼は、だれかが閉じさせたのであろう。
女は、男を斬った犯人をみたであろうか?
女は・・・。
永倉と島田に頼んで上の仏をどけてもらい、女のほうを検める。
女の頸に、くっきりと指の跡が残っている。顔面の膨脹、鬱血をみとめる。瞼を開けると、結膜に溢血点がみられる。
絞殺に間違いない。
が、これが男を殺した犯人によるものなのか、死んだ男とのプレイによるものかがわからない。
どちらでもありえる話である。
「平田さんは、その、女と寝るときに、なんというのでしょうか、通常とは違う、なにかかわったことをするのを好んでたとか、おもしろい、とか仰ってませんでしたか」
松吉の父親たちに、平田が「ドS」で超絶危険なプレイを好んでやっていたのか?、ということを遠回しにきいてみる。
この時代、そういうことをやる男がいたのか。いたとして、そういう性癖を同僚にとくとくと話すのか。それはわからない。
平田がどういう男かもわからないが、そういうことを自慢げに話したり呟いたりする男もなくもない。
「えっ?それは、どういう意味でしょう?」
隅に立つ同心の一人が、ききかえしてきた。
まだ同心になりたてのような初々しさすら感じられる、若い男である。
「女子にぶっこむ以外の、どんなおもしれぇってことがあるってんだ?」
原田の身もふたもない問いは、この部屋にいる全員を、死後硬直している仏たち以上に硬直させる。
「原田先生、だまっててもらおうか?」
そして、副長の一言は、仏たちですら凍りつかせそうなほど冷たいものである。
その問いについてはあきらめ、遺留品を探しはじめる。
検死の結果より、そちらのほうが重要だから・・・。