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主計さんのことは諦めているから

「主計さんのことはどうでもいいです」

「うん。もう諦めているし」


 ぐっ……。


 どうでもいい?諦めている?


 どういうこと?


「ああ、そうだった。ぽちのことか?大丈夫だと思う。まだ、生きているみたいだから」


 俊冬は、さらっとしれっとざっくりと答えた。


 そのあまりにもテキトーすぎる答えに、この場にいる全員が唖然としている。


 いや、俊冬。俊春が生きているのはわかっている。そうじゃない。


 おれたちは、かれの具合がどうなのか詳細を知りたいんだ。


 それから、かれがいまどこにいてどうしているのかも知りたい。さらにいえば、会いたい。会って看病の一つくらいさせてもらいたい。


「看病なんて必要ないよ」


 そのとき、俊冬がこちらのだだもれの心の中のつぶやきに気がついたらしい。


 かれがおれをまっすぐ見、断言した。


「唾をつけて「pain, pain, go away!」っていっておいた。だから、眠ったら治る」

「そんな馬鹿な。そんなの、ただの気休めじゃないか。ってか、なんて原始的、いや、野性的なんだ。いくらぽちでも、野生の動物じゃないんだから眠ったら治るってことはないだ……」


 そこまでいいかけ、思いなおした。


 俊春なら、どんなことだってあるあるだ。


 ちなみに、「pain, pain, go away!」は、日本でいうところの「痛いの痛いの飛んでいけー」である。


「たま、いいかげんにせぬか。せめて、俊春の様子ぐらいみさせてくれ。どこにいる?」


 みかねた副長が助け舟をだしてくれた。


「あー、本当に大丈夫ですから」


 それでもなお、かれは頑なに教えてくれようとしない。


「ねぇ、たま先生。ぽち先生にちょっとだけ会いたいんだ。ダメ、かな?」

「たま先生、ちょっとだけだから。ねっ、いいでしょう?ねぇ、教えてよ。お・ね・が・い」


 なんてこった。市村と田村は、さらなる手段を用いてきた。


「わかったわかった。兼定兄さんが教えてくれるのなら、案内してくれるはずだから」


 そして、せこいかれは対応を相棒にぶん投げてしまった。


「それでは副長、そろそろ参りましょう」

「ちょっと待て。ぽちのこともそうだが、おれを狙った連中というのはどうなった?」


 いつの間にか、副長が俊冬の懐の内に入っていた。


「あなたを狙ったのは三名でした。三名が、ちがう角度から同時に銃を発射したのです。あいつは、二個の弾丸たままではかろうじてどうにかできたようです。が、一個はムリでした。それを喰らったのです。兼定兄さんがその連中を特定してくれましたので追ってみましたが、内二名は死んでいました。敵に殺られたのか味方に殺られたのかはわかりません。が、生きている一名は逃げおおせたか、あるいはまだ味方にまじっているのかはわかりません」


 だれもがただだまってきいている。


 当然、つぎにくる質問がある。


「だれだ?黒幕はだれだ?」


 副長がその質問を放った。


 俊冬はしばらくかんがえていたが、ゆっくりとかぶりをふった。


「万事そつなくされるあなたでも、これをきけばどうしても態度や表情にでてしまいます」


 いまの俊冬の言葉は、どういう意味だ?


「なるほど。いまから会う面子の中にいるってことだな」

「さすがは副長。申し訳ありません。これだけでも、あなたはこの後の宴で意識をそれにとられてしまいます。頭ではわかってはいらっしゃるでしょうけど……」

「自然にふるまえ、というわけだな」

「はい。同道は、わたしだけいたします。黒幕どもは、おれの腕はさきの剣術大会や噂で十二分にわかっています。下手なことはしないはず。ですが、万が一ということもあります。いざとなれば、あなたをお姫様抱っこして逃げます。そうなれば、他に同道者がいないほうがいいですから」

「くそっ!なにゆえだ?」


 副長がこちらをみてきた。


 ってか、お姫様抱っこ?


 その一語がインパクト強すぎだ。


「なにゆえ、お姫様抱っこだ?せめて、おんぶにしてくれ」

「いや、そこかいっ!」


 おれも同様にお姫様抱っこに喰いついたくせに、副長にツッコんでしまった。


「申し訳ありません。つい、ツッコんでしまいました。マジなところ、さすがに土方歳三が味方に狙われていたとか味方に殺されたという史実は、公にはありません。噂っぽい感じではちらほら見受けられますが。それも、後世の創作とか伝える人たちの思い込みの要素があります。その上での話です」


 一言添えてからつづける。


「副長は、最後まで交戦派であった。だから、それがうざかった。もちろん、降参したがっている人物たちにとっては、という意味です。だから、副長をどうにかしようと目論み、実行に移した。さきの箱館山の地雷火だけのことではありません。降参したがっている人物たちは、敵の仕業に見立てて味方に損害を負わせ、物理的にも精神的にも負け戦になるであろうことを見せかけ、思い込ませたいのでしょう」

「おいおい。おれは、一度だって『最後まで戦い抜くぞ』とか『一兵卒になるまで意地を貫くぞ』、などといったことはない。それどころか、『どうせ負けるんだ。今後のためにも、控えめに戦おう』って遠まわしにいっているくらいだ。それをなんだ?だれもそれをわかっちゃいないのか?気がつかない馬鹿ぞろいだっていうのか?」


 副長は、呆れかえっている。

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