警戒?
「あとは、おれがやる」
「おれがやるって、応急処置をしてから箱館病院に運んだ方が……」
「大丈夫。こいつは、そう簡単にくたばりやしない。なあ、俊春?わかるか?感じるか?」
おれが体ごとずれて俊冬に場所を譲ると、かれは両膝を折って俊春にちかづいた。そして、ゾンビの方がよほど血色がよさそうな俊春の頬に、指が四本しかない方の掌を添えた。
そのとき、相棒まで割り込んできた。
「弾丸は?抜けているのか?」
俊春にその問いがきこえるわけもない。なにせ、かれは耳がきこえないのだから。
その問いを感じたのであろう。俊春は、わずかに頸を上下に振った。
「兼定兄さんが連中を特定してくれた。だから、安心しろ。おれがどうにかする」
相棒が?副長を撃った連中をみつけたというわけか。
「副長、こいつを連れていっておれがどうにかします。そんな表情をしないでください。主計、きみもだ。こいつは死にやしない。だから、五稜郭にもどってください」
俊冬は、そういいつつ副長から俊春を引き継いだ。
それから、その背に俊春を荒っぽく背負った。
副長は、その様子を無言のままみつめている。
おれも同様である。
俊冬になにをいっても、どうせかれはききはしないだろう。それに、かれは医療に関してこの時代のどんな医師よりも、はるかに豊富な知識と高い技術力をもっている。
「副長、榎本先生たちとの宴には参加してください。おれも同道します。いまのあなたは、敵よりも味方のほうを警戒すべきです。主計、兼定兄さんとともに副長のことを頼んだぞ」
俊冬は、謎めいたことを一方的に告げた。
そして、俊春をおぶったままおれたちから離れ、消えた。
しばらくの間、だれもなにも言葉を発することはなかった。
五稜郭に戻ると、中島らが待っていてくれた。
とりあえず、中島ら数名は弁天台場に戻るよう指示を受けているらしい。
そのタイミングで、弁天台場には戻らない数名の中に粕屋十郎がいることに気がついた。
明日、かれは蟻通とともに箱館山で死ぬことになっている。
それは、どうにかなる。
だが、おなじく明日弁天台場で死ぬことになっている隊士がいる。
「副長、中島先生、ちょっといいでしょうか。中島先生。栗原さん、津田さん、武部さん、又長島さんに、こちらに戻るよう伝えてください。それと明日以降、新撰組は弁天台場で敵と交戦状態に陥ります。そして、箱館奉行の永井様とそこで籠城することになります。あっ、そうでした。先の栗原さんたちとは別件で、沢さんと久吉さんにも戻ってきてもらってください」
明日、弁天台場で新撰組の隊士栗原仙之助、津田丑五郎、武部銀次郎、又長島五郎作も死ぬことになっているのである。
もっと死ぬかもしれない。
おれが知るかぎりでは、この四名は確実に死ぬはずである。
すくなくとも、web上のだれかが作成した資料では、そうなっている。
沢と久吉は、死ぬわけではない。もともと、久吉はとっくの昔に死んだことになっている。
沢は、副長の最期を看取る一人といわれている。
一応、いてもらったほうがいいだろう。
「わかった」
中島はうなずいた。
「登。その四名にはここには戻らず、戦線を離脱して四人そろって生きのびるよう伝えてくれ。かならずや生き残れ。おれの厳命だと伝えるんだ」
「承知。かならずや伝えます」
『厳命を無視すれば、「局中法度」に従って切腹ですよねー』
そんなジョークは、かまさないでおいた。
いくらなんでも、ブラックだしKYすぎるだろう。
「永井様には、くれぐれもよろしくと伝えてくれ。新撰組を頼む、とな」
「承知」
永井尚志は、幕臣である。幕臣にしてはめずらしく、新撰組にたいして好意的である。
新撰組は、かれにずいぶんと世話になっている。
永井は、この箱館政権で箱館奉行を務めている。
ちなみに、永井は昭和四十五年に衝撃的な自決を遂げることになる文豪三島由紀夫の父方の高祖父に当たる人物である。
「さあ、いけ」
中島は、うしろ髪惹かれる表情で去っていった。
明日、死ぬのは隊士たちだけではないからである。
そして日中、休息をあたえられたが、正直、それどころではない。
俊春のことが気になりすぎているからだ。
それでも、時間はすぎてゆく。
「だれかが副長を狙っている、ということだな」
厩にいる。
副長は、島田と相棒を連れて五稜郭にいる各隊をみてまわっている。
正直、それもヤバいだろう。
たったいま蟻通がいったように、だれかが副長の生命を狙っているとすれば、この辺をあるいただけでまた狙われる可能性がある。
が、人類の叡智である相棒がついている。
副長も、自分が狙われていることはわかっている。
それでも各隊の将兵の様子を見、必要に応じて叱咤激励したいのである。




