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本当に大丈夫なのか、疑惑

「ぽち、案ずるな。ここにはだれかさんをのぞいて手練ればかりが残る。万が一、敵兵がきたとしても、余裕で逃げることが出来る」


 たしかに、副長のいう通りである。

 ここには、島田に安富に蟻通におれ、さらには伊庭もいる。


「だれかさん」というのはあいにく見当たらないが、おそらく副長にしかみえない隊士がいるのであろう。


「副長、約束ですよ。兼定兄さん、頼むよ」


 俊春にしても、副長にそこまでいわれればひくしかない。


 かれは、相棒の頭をなでるとズボンのベルトにはさんでいる戦闘用ナイフを確かめた。


 その一瞬、かれの視線が自分の脇腹辺りでとどまった。

 ほんのわずかな間のことである。


 そして、律儀に副長に一礼すると、姿を消した。


 またもや待たされることになった。


 心配でならない状況のなかで……。


 が、ありがたいことにさほど待つことはなかった。


 時間にすれば、一時間もなかったほどである。


 当然、相棒が一番最初に気がついた。


 敵の夜営地の方へ狼面を向けたかと思うと、俊冬と俊春があらわれたのである。


「大丈夫なのか?」


 その二人に向かって最初に駆けだしたのは、副長である。


 いてもたってもいられない、とはまさしくこのことかもしれない。


 もちろん、おれたちも駆けだしている。


 そして、二人を取り囲んだ。


「ご心配をおかけしました」


 俊冬がいった。


 みたところ、どこにも異常は見当たらないようである。


「ちょっとしくじっただけです。なんともありません」


 かれは、念をおすようにつづける。


「ぽち、おまえは?おまえは大丈夫なのか?」


 副長は、だまったままでいる俊春に勢い込んで尋ねている。


「もちろん」


 俊春は、一言だけで応じた。


「誠に大丈夫なのか?」


 副長は、まったく信じようとしない。


 もちろん、おれも信じてはいない。


「はい。にゃんこに『おまえの指示が悪かったからだ』と責められ、心を傷つけられただけです」


 そして、彼は華奢な肩をすくめた。


 その横で、俊冬が口を開きかけた。が、結局かれはなにもいわなかった。


 そっと島田たちの方をみると、島田も安富も蟻通も伊庭も疑わしそうな表情かおで俊春をみている。


 嘘だ。俊春は、嘘をついている。


 あきらかである。


 だが、本人が大丈夫だといっている以上、かれをおさえつけてマッパにし、身体検査をするわけにもいかない。


 コンプライアンス的にもそうであるが、かれは性的虐待というトラウマを抱えている。そんなことをしようものなら、よりいっそうダメージをあたえてしまうだろう。


「そうか。無事でよかった」


 副長ですら、そう答えるしかない。


 一応、任務は成功した。それなのに、モヤモヤ感がぱねぇ。


 それどころか、不安材料が増えただけのような気がする。


 五稜郭へもどった。


 その翌日は弁天台場にいってみんなと再会し、半分はそのまま大鳥の指揮下に入って七重浜川で夜襲をおこなった。


 その際も俊春が大鳥に助言し、俊冬が動いた。


 そして、その翌々日にはブリュネらフランス軍の軍人たちがフランス国籍の船で脱出した。


 その夜も七重浜の夜襲をおこなった。


 そのあとも、七重浜を中心に夜襲や奇襲をおこなう。


 新撰組も全員がいっしょに任務につくということがほとんどない。


 いずれかの隊とともにバラバラでの行動がおおくなっている。


 小競り合いからおおきな戦闘まで、全軍が死力を尽くしつづけている。


 が、旗色は実に悪い。


 つまり敗戦の色が濃く、いまや将兵すべてがそれに気がついていて、最後の意地を貫きムダなあがきをしているという感じである。


 そして、ついに運命の日の前日になった。


 史実では、明日五月十一日、箱館総攻撃がおこなわれる。


 その際、一本木関門で陸軍奉行並の土方歳三が腹部に被弾し、戦死するのである。


 その前夜、榎本主催で築島にある「武蔵野楼」という店で別杯を交わすことになっている。


 副長は、昨夜から混合部隊を率いて夜襲をおこなった。が、意外にも長引き、そのまま朝まで戦いが長引いてしまった。


 今回の夜襲は、俊冬は大鳥のサポートの為不在で、俊春が副長のサポートをおこなった。


 新撰組の平隊士は一人もおらず、いつも通り島田に安富に蟻通におれ、それから伊庭が副長の脇をかためている。


 伊庭は、本来撃たれて致命傷を負うはずであった木古内の戦い以降、新撰組こちらに加わっている。


 もちろん、副長やおれだけでなくみんなが反対をした。


 せっかく助かった生命いのちなのである。なにも戦場に残って危険な目にあう必要はない。史実が伊庭を抹殺したがっているのなら、戦場にいることじたいリスクを負うことになる。


 が、伊庭は頑なに拒否った。


『歳さんの側にいるだけだから』


 そういって。


 伊庭は、俊春のいまだに解明されていない謎の怪我の責任を感じているにちがいない。

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