不良に絡まれている陰キャ男子
そして、おれの心をよんだ俊冬は、視線をすっとそらした。
まるでおれの追及を逃れるかのように。
と思った瞬間、また視線が戻ってきた。
「主計、きみはマジで面倒くさいやつだな」
そして、俊冬はおれを褒め殺してくれた。
「ハウ・アー・ユー!ユー・オーケー?」
そのとき、呑気きわまりない声が耳に飛び込んできた。
安富がやっと追いついてきたのである。そして、その安富にくっていて野村もやってきている。
「Not bad」
俊春は副長に頭をなでられながら、先程の野村の質問に生真面目に答えている。
そのやりとりに気をとられてから、もう一度俊冬の方へ視線を戻してみた。
が、かれはすでにおれの方をみてはいない。
両膝を折り、相棒の頭を無心になでている。
俊冬はおれの視線を感じていながら、もうこちらをみることはなかった。
「ぽち、本当に大丈夫なのか?」
ひとしきり副長になでられ、解放された俊春にちかづいてあらためて尋ねてみた。
「だから、みないで」
「はあああ?またそれか?」
「またそれだよ」
「なんだっていうんだよ。心底心配しているっていうのに、そんないい方はないだろう?」
「だから、大丈夫だっていっただろう?それ以上、ぼくもいいようがないよ。あっ、もしかして『大丈夫じゃない。かわって』ってねだったら、きみがこの後の戦いすべてをフォローしてまわってくれるわけ?」
「なんでそんな可愛げのないことをいうんだよ。そんな超人的なことができるのなら、とっくの昔にきみに休んでもらっておれがやっているさ」
「だったら、心配しないで」
かれの声が急にマジになった。
「ぼくの心配をする必要はない。それでなくっても、きみには心配すべき対象がたくさんいるんだ。その人たちの心配をしてあげて」
それから、かれは華奢な肩をすくめた。
本当に大丈夫なのかどうか……。
当然、かれの心の中ものぞくことはできない。
真実はわからない。
一番いいのは、かれの軍服を脱がせることである。だが、そんなことをしようものなら、おれはあらゆる意味で詰んでしまう。
一応、俊春が元気そうにしているのをわが瞳で確認が出来た。だから、五稜郭へと戻ることにした。
副長は、さきほどまでとはうってかわって上機嫌である。
どれだけ俊冬と俊春のことを心配し、どれだけ安心したか……。
その機嫌のかわり具合で、すぐに知れる。
五稜郭へ戻ると、中島が隊士を二十名ほど連れて戻ってきているではないか。
そうだった。
史実では、この夜有川の敵陣へ夜襲をかけることになっているはずである。
おそらく、その出撃命令を受け、中島が戻ってきたにちがいない。
そのことを、副長に伝えた。
隊士たちと再会をよろこびあう。
「おまえがしばらくの間、戦のオペレイションするんだ。いいな?」
「なぜ?ぼくはいやだ。動けるよ」
「だめだ。おれが物見をし、動きまわる。おまえも、おれにやれっていっていただろう?たまには、おれも動きたいからな」
「なにをいっているんだい?きみでなきゃ、適切なオペレイションはできないよ」
俊冬と俊春がいい争いをはじめた。
どうやら、実行に移す役と参謀役をかわることでもめているらしい。
ということは、やはり俊春の怪我は……。
「できるさ。おまえなら、な。兎に角、これは命令だ。逆らうな。有川に物見にいく。おまえは、美味いものでも作っていろ。全員が疲れきっている。なんでもいい。喰ってもらってよろこんでもらえ」
「勝手なことをいわないで。命令、命令って……」
「おれにあのセリフをいわせたいのか?兼定兄さん、つき合って」
俊冬は、指先で俊春の心臓のある辺りをトントンと突き、それから副長のまえまできて物見にいく旨を告げた。
そして、俊冬は副長がなにかいうまえに、消え去ってしまった。
相棒とともに。
「なにか食材があるといいけど」
俊春が独り言のようにつぶやいた。
おれと視線を合わせようとしない。
かれが自分自身のことも俊冬のことも、触れられたくないのは明白である。
「そうだな。こんな状況だ。厨に米や玄米すらないかもしれないよな。手伝うから、まずはなにがあるか確認しよう」
「ぽち先生、手伝います」
「ぽち先生、なんでもやります」
子どもらが駆けより、俊春にまとわりついて……。
ってかこうして見てみると、俊春は完璧に不良に絡まれている気弱な中学生じゃないか。
子どもらの方が背が高い。
どれだけ贔屓目に見ても、中学のおなじクラスの不良どもにいじめられている陰キャ男子である。
なんてこった。
「ちょっと、それどういう意味なわけ?」
途端に、俊春が怒鳴ってきた。
「鉄、銀。悪いけど、ちょっとはなれてくれないかな?そうでないと、ぼくはいろんな意味で詰んでる気にさせられてしまうから」
俊春の懇願に、市村と田村は相貌を見合わせた。
「うん」
「うん」
それから、二人は俊春の懇願をきき入れた。




