白羽の矢
屯所を発ってすぐ、小六にちかより礼をいった。
このまえ、かれの機転のおかげで仏を拝むことができたのである。
もっとも、それをいかせなかったのは残念なかぎり、ではあるが・・・。
「それじゃあ、わたしはこれで・・・」
話がひととおりおわったところで、ちょうど北小路通りにぶつかるところである。
小六は、そういうと腰をかがめる。
「小六さん、助かりました。礼はまたいずれ。それと・・・」
松吉の父親が声量を落としていうと、小六はその老いた相貌に、にんまり笑みを浮かべる。
「わかっておりますよ、中村様。原田組長、また連れてってください」
「おお、またゆこう」
小六は相棒の頭を撫で、北小路通りを南へ折れていった。
原田に、どこに連れていってもらおうというのか?この際、それについて触れる者はいない。
「わたし一人では、原田殿や相馬殿に会えぬやもしれぬ、と思いまして・・・。西町で顔見しりの小六さんが、以前、新撰組の話をしていたことを思いだしまして・・・」
またあるきだしたとき、松吉の父親が説明してくれた。
静かである。時間にすれば十時か十一時くらいであろうが、この時代の人々は眠るのがはやい。TVやwebなど、娯楽がない。あるいは、勉強や残業をすることはない。どの商家や民家も暗い。ときおり、ぽーっと明るく光っているのは、夜鳴き蕎麦屋の提燈の明かりのようだ。
「でっ副長、いったいどういうことなんです?」
たまりかねて、この夜の大移動について尋ねる。
すると、副長は、松吉の父親と顔をみ合わせ頷きあい、囁き声で語りはじめる。
この町の静けさのなか、だれもが無意識のうちに声のトーンを落としてしまう。
「殺しだ。東御役所の同心が、なにものかに殺られたらしい・・・」
「ええっ!」
事情をしらされた全員が叫んでしまい、それから慌てて周囲をみまわす。
ちなみに、江戸や大坂とちがい、京では西町東町奉行所のことを、西御役所、東御役所と呼ぶらしい。
西御役所と東御役所は、一ヶ月ごとの月番制で業務、というのであろうか、仕事をしている。
「いつの話なんです?」
松吉の父親に、直接尋ねる。
「一時(約二時間)ほどまえです・・・。それが、女と一緒で・・・」
「その女もともに?仏は?まだそのままに?現場は・・・」
「おいおい主計、落ち着けって」
永倉に襟首をつかまれ、われに返る。
「申し訳ありません、つい・・・」
指先で鼻の頭を掻きながら詫びる。
左下に視線を向けると、おれの興奮が綱を通して伝わったのであろう。相棒が、いつもの定位置でおれをみ上げている。
「おおっぴらになったらことです。すくなくとも、事情がわかるまでは・・・。発見したのは、番所の目明しです。その同心付きというわけではないのですが、ときおり働いているらしく・・・。この夜、そこにくるよういわれていたというわけです。死んでいるのを発見し、今宵、当番であったわたしのところにしらせにきてくれました」
「でっ、なんでおれたちなんです?」
島田が尋ねた。
当然の問いである。
「この「かわいいわんわん」が鼻でいろいろ探すことができる、と妻女からきいていたもので。それと、この夕刻に、松吉から此度の話もきかされていて・・・。即座に思いおこしたのです・・・」
「それでも、おれたちは奉行所とは・・・」
林がいう。
そう、おれたち新撰組はなんの関係もない。
「承知しております。ゆえに、内々にお頼みしたのです。女は芸妓で、さる御仁が贔屓にしていた天神です。そしてなにより、検めた傷というのが、刀傷のようなのです・・・」
「鉄だな、きっと・・・」
原田が呟く。
驚いてしまう。市村が、殺しを・・・?
「あの野郎、いらんことをぺらぺら喋りやがって・・・」
つづけられた言葉に、相棒とともにずっこける。
「そこ、なんですか?こんなときに?」
「ああ?あたりまえだ・・・。殺しは、兼定とおめぇが片付けてくれるであろう?だが、鉄の喋りはだれにも止められねぇ」
原田は面白い、と心の底から思う。
「馬鹿なこといってんじゃねぇ・・・。ついたぞ」
だが、副長はそうは思わなかったらしい。小声でたしなめられてしまった。
先頭をゆく松吉の父親と副長が、立ち止まっている。
どうやら、現場に到着したようである。