嘘つき
「きみにいわれなくっても、わかっている」
それから、俊春はいたたまれないような表情になった。
俊冬から視線をそらすと、うつむいてしまった。
「なにが不満だ?なにか文句があるのなら、はっきりいえよ」
「不満?文句?きみは、いったいなにを見当違いのことをいいだすんだ?」
俊春は相貌をさっと上げたが、いまにも泣きだしてしまいそうである。
目尻に涙がたまっている。
ここでおれが、「いったいどうしたんだい、ハニー?」なんてキザな台詞をのたまいつつ指先でかれの目尻から涙を拭おうものなら、超絶KYなイタイやつ認定されてしまうだろう。
それにしても、いつも以上に俊春にきつい俊冬も俊冬である。しかし、突如反抗期に入ったみたいな俊春も俊春である。
が、おれもふくめて二人のやりとりをただ見守るしかない。
副長は、眉間にめっちゃ皺を寄せている。
ムダに腕組みをしてカッコつけてはいるが、いざっていうときになんのお役にも立たないはずである。
カッコつけてただ突っ立っている感がぱねぇ。
って、またにらみつけられた。
「見当違い?おれはただはやくいけといっただけだ。すねているのか腹を立てているのかはわからないが、態度が悪いから尋ねたまでだ。こんなくだらないやりとりの間でも、八郎君たちはピンチに陥っているかもしれないんだ。なにもないならさっさといけよ、泣き虫わんこ」
「きみは……」
俊春は、傷ついたような様子で口を開きかけたがすぐに閉じた。
俊春の肩をもってやりたいという、気持ちでいっぱいである。
いまの俊冬は、あまりにも俊春にきつくあたりすぎている。
一方で、俊冬はわざときつくあたっているのではないのかという気もする。
俊春に嫌われようとしているかのようにも見受けられる。
「もういいよ。このわからずや。きみのいう通りだ。時間のムダだよ」
俊春の華奢な肩ががっくり落ちた。
彼は副長に一礼すると、「じゃあいくよ」とつぶやいた。
その瞬間、俊冬が口を開きかけたような気がした。
気のせいかもしれない。かれの口角がほんのわずか動いたように感じた。
副長がこちらをみていることに気がついた。
これらは、ほんの一瞬の出来事である。
副長とアイコンタクトを取り合った。
「ぽち。きみの兼定兄さんと一緒に、そこまで送るよ」
俊春がドロンと消えるまでに、そう声をかけた。
木々のほうへと先に立ってあるきはじめると、俊春は素直についてくるようだ。
ぬかるんだ地面に気を付けつつ、木々の間をあるいてゆく。
すべってしまうと悲惨なことになる。
うしろを振り返って副長たちの姿がみえなくなっていることを確認してから、体ごと俊春に向き直った。
相棒はいつものようにかれの脚許にいて、おれをじとーっとした目つきで見上げている。
一足一刀の間合いでは間隔が開きすぎている。
だから、懐に入る手前まで距離を詰めた。
かれを怖がらせないようにと配慮をしているつもりであるが、そもそもかれはおれを怖がるのであろうか、ともかんがえてしまう。
日頃のかれの言動を紐解くに、おれを怖がっている素振りなどまったくない。微塵もない。それどころか、おれが怖がらなきゃならない勢いである。
そのかれのおれにたいする言動も、めっちゃ我慢しているとか耐えているとか演技をしている、というのなら話は別であるが……。
「妄想はおわった?」
かれが尋ねてきた。こちらをじっとみつめている。
かっこかわいい、とその相貌をみながらあらためて感じる。
「妄想ってなんだよ?」
「まず、ぼくはきみには雄を感じない」
「はあ?いったいなんだよ、それ?雄を感じないって、どういう意味だよ」
「言葉のままさ。きみは、受けだからね」
「はあああああ?まだ受けにこだわっているのか?だから、ちがうっていっているだろう?それから、もちろん攻めでもない。だいたい、おれはBLじゃない。もう何万回もいっているだろう?」
「嘘つき」
「嘘じゃない。きみは、あの相馬龍彦の息子がBLで受けだっていうのか?あの相馬龍彦だぞ」
「父は父、子は子だよ。すべてがカエルの子はカエルにはあてはまらない」
「はいいいいい?いったいなんだよ。どうしてもおれを受け認定したいのか?」
「きみはまだ、一万回もいっていない。嘘だよ。嘘つきだ」
「なんだって?そこ、なのか?嘘つきって、一万回ってところか?」
そんなことは言葉のあやだし、ぶっちゃけどうでもいいことだ。ようは、それほど何回もいっているということを表現したいだけなんだし。
そこではっと気がついた。
はぐらかされつつある、ということに。
あぶないあぶない。もうすこしでごまかされるところだった。




